少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

2017年08月の交換日記

2017/08/29(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は282〜 今日の気分次回更新は9月5日(火)予定です






「す、すみません」

 巻き込んでしまったのは自分。そう感じては謝らずにはいられなかった。
 するとタルクスは「気にすることじゃないって」と変わらない口振りで笑って見せる。

「確かにきっかけは君たちだったかもしれないけど、遅かれ早かれ俺は王国に対して反乱――と言うと悪い言い方だけど、革命を起こすつもりだった」

 むしろ、アサたちは巻き込まれた側だった。
 彼の名前が罪人として手配されたと聞かされたときから、実のところタルクスはアサと、彼と共についてくるかもしれないミレットを利用してバーンズ・ルーノと面会することが目的だった。
 無論、今回の発端である連続婦女子行方不明事件の証言者としても利用するつもりでいたが。
 それ以上に彼とミレットがいればバーンズと直接会う機会が与えられる。もしかすると娘の説得に父親が快諾するやもと望んでいたのだ。
 まさかここまでルーノ親子の関係が複雑であったとは、流石のタルクスも予想だにしていない事態であったが。

「まあ、過ぎたことをとやかく言っていても仕方ないし。今は少しでも多くの味方を作るべく、先ずはバーンズ・ルーノ将軍を口説き落としてみせるよ」

 そう言ってタルクスはアサたちに笑顔を見せた。
 屈託のないその明るい笑みには迷いや後ろめたさなど微塵も感じられないようで。
 アサはそんな彼が悔しくも羨ましく思えた。
 やはりこの人は凄いんだろうな、と実感せざるを得ない。
 しかし、そう認める感情が芽生え、羨望を抱くようになったことは、アサにとってそれは大きな変化であった。







2017/08/29(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は281〜






 予想外の答えにアサは思わず目を見開く。

「確かにバーンズ・ルーノの後ろ盾がないと民衆も味方に付けられないし、此方が何かと不利な状況になるだろうからね。でもだからといってもう…立ち止まることは出来ないんだよ」
「それはどういうことですか?」

 今度はアサに代わりアドレーヌが尋ねる。
 タルクスは口を閉ざすことなく、淡々と答える。

「俺は君たちの身を守るため、アマゾナイト軍北方支部はイイヌに歯向かった。国王直属の騎士である彼らにそんなことをしたとなれば、それはつまり国家反逆になるということ…って、此処まで説明しとけば察しはつくと思うけど」

 彼の言葉を受け、アサは嘗ての記憶を蘇らせる。
 それは北方支部にイイヌのパイロープが襲撃して来たときのこと。
 


『わかったわよ、今回は引いといてあげる。けどアンタたちがした行動の終始はイイヌへの反乱と捉えさせてもらうからね!絶対次来たときには容赦しないんだから!』

『あなた方の身勝手な行動によって、本来ならば屁理屈を押し通してイイヌを引き帰らせるだけの手筈があなた方を匿っている上での宣戦布告となってしまいました」



 そうであったと、アサは改めて自覚してしまう。
 自分は運よく死亡したと思いこませたため手配を解かれたが、北方支部の者達はイイヌに歯向かった反乱者として王国と対立したまま。
 彼らには最早『反乱者として捕えられる』か『革命者として国王の実態を暴く』しか道がない。



2017/08/29(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は280〜









 去って行くバーンズを見送り、タルクスは客室へと戻る。
 するとそこにはアサの胸元で蹲っているミレットと、それを見守るアドレーヌの姿を見つけた。
 彼女の心情を察すれば流石に茶化す言動は禁句だろうと思い、タルクスは軽く頬を掻きながら小さく吐息を洩らす。
 となればミレットの気持ちが落ち着くのを待ってから、今後の方針を話すべきかと思っていた、矢先。

「ごめん。もう大丈夫だから――」
「大丈夫って、また…」

 そう言ってミレットはアサから顔を放す。
 心配そうに覗き込んでいるアサへ、彼女は力強く見つめ答える。

「これは“我慢できる”大丈夫じゃなくて“頑張りたい”の大丈夫だから、大丈夫」

 と、屁理屈のようにも聞こえる台詞を言ってミレットは立ち直って見せた。
 だがそれは気丈に振る舞っているだけであり、何も立ち直っていないとタルクスは悟っていた。
 恐らくタルクスの手前でだけは弱い姿を、忠告された通りの結末を見せたくなかったから気張っているのだろうと思われた。
 つまりは良くも悪くも意地っ張りで頑固者だということだ。
 しかし、そこが彼女らしさとも言うべき長所でもあり短所でもあるのだろうと、内心苦笑を浮かべる。

(周囲に変な気の使い方して意地を張る…そこは親子らしいというとこかな)

 そんなことを思いながら、タルクスは口を開いた。

「とりあえず。ルーノ東方支部総隊長とはまた後で話をする機会を貰ってきたから。酒も入る事だし、今度は口説き落として見せるよ」

 そう言ってタルクスは自身の指先で酒を飲む仕草をして見せる。
 自信満々の様子である彼とは対照的に不安が拭い去れないアサであったが、バーンズの説得に関しては彼に任せる他ない。
 それ以上に彼が心配しているのは、それでもバーンズが味方に付かなかった場合についてであった。

「もしそれで、ルーノ将軍が味方に付かないと言ったら…どうするつもりなんですか?」
「それならそれで構わないよ」
「え?」




2017/08/22(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は279〜 今日の気分次回更新は29日(火)予定です









「君は通常の軍務に戻って良い」

 アサたちの居た部屋から退室したバーンズは部下にそう言い、すると部下の男は何も言わず敬礼をした後、通路の奥へと姿を消した。

「随分と従順な補佐官をお持ちの様で。いやあ、うちの部下も見習って貰いたいもんですよ」

 と、タルクスは去って行った部下の背を見つめながらそう洩らす。
 その脳裏には自身の部下である女性補佐官が浮かんでいる。
 彼女ならこの場面で相当な小言やら皮肉やら辛辣に言ってくるところだろうと、思わず口角がつり上がる。
 しかし直ぐにタルクスはその思考を止め、視線をバーンズへと移した。
 部下に敢えて席を外させた彼が、何か言いたげにタルクスを見つめていたからだ。

「…単刀直入に聞きたい。君は何処まで知っているんだ」

 その真っ直ぐなバーンズの双眸に答えるべく、タルクスもまた彼を見つめ、答える。

「何もかも知っているってわけじゃなかったんですけど…まあ貴方の対応を見たら大体の予想は出来ましたよ。貴方の背負っている罪と罰って奴を」

 するとバーンズは何処か遣る瀬無さを滲ませた表情を見せ、「そうか」とだけ呟く。
 もう少しは何かしらの反応を見せるかと予想していたタルクスにとってそれは意外であり、しかし想定の範囲内でもあった。

「ならば君には話す他あるまい…私が彼女に何を隠しているのか…全てを」

 そう言うとバーンズはタルクスへ静かに頭を下げた。
 流石にそれは想定外であり、タルクスは目を見開く。

「それと…娘を頼む。過去の呪縛から救ってやってくれ」

 噂に聞くような威厳ある英雄の子孫とは程遠い、よくある父親の姿がそこにはあった。
 冷酷な事実も聞いているが、目の前にいる男は少なくとも実の娘をないがしろになどしていない。普通の父親にしか、タルクスには見えなかった。

「解っています。英雄から受けたご恩を返すためにも、必ず助けて見せます」

 いつもにはない、柔らかな笑みを浮かべてタルクスはそう言った。







2017/08/08(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は278〜 今日の気分次回更新は22日(火)予定です








「ミレット…」


 俯く彼女を見つめ、静かに掴んでいた彼女の腕を解くアサ。
 目に見ても解るくらい落ち込んだ様子のミレットへ掛ける言葉が、アサは直ぐに浮かんで来なかった。
 それ以上にアサは驚きを隠せないでいた。
 彼女の父の予想外の返答にもそうであったが、それよりもミレットがこんなにも怒りを露わにしたことにアサは言葉が出なかったのだ。
 これまでミレットから怒られたこと、大声を上げられたこともあるにはあった。
 だが、此処まで激高した彼女を見たのは初めてだと、アサはそう思った。


「――ごめん、私はもう大丈夫だから」

 と、それまでの態度が嘘のように顔を上げた彼女は笑顔をアサへ向け、そう言った。
 無理していると誰もがわかる、苦しみを堪えて作っている笑顔だった。

「ごめんとか大丈夫じゃなくて…俺の前では無理するなって」

 今度は自然と、言葉が出ていた。
 直後、ミレットは作り笑顔を歪め、それを隠すべく俯く。
 脳裏には以前タルクスに言われた言葉が蘇る。

『……なんて言うかさ、『大丈夫』って我慢する言葉に聞こえない?』

 “大丈夫”という言葉の盾を使って耐えようとしているだけで、言葉そのものを受け止めて返す覚悟があるわけではない。
 そう忠告され、そうならないようにと覚悟してきたつもりであった。
 だが、結局父親の言葉を受け止め切れず反発し、肝心の仲間に対して盾を使ってしまい、心配させてしまった。
 自分の不甲斐なさに彼女はより一層頭を深く下げる。

「ご、ごめん。どうしていいか、わからなくなって…ごめん」

 小さな声でそう言った後、彼女はそのくしゃくしゃになった顔をアサの胸元へと埋めた。
 アサは驚くことなく、抵抗するはずもなく、抱きついてきたミレットを受け止める。
 動揺している彼女を落ち着かせるにはこうすることしか自分には出来ないとアサは思いながら、彼女の震える頭を優しく撫でていた。

「ミレットさん…アサさん…」

 一人ミレットたちを静観していたアドレーヌが、ポツリとそう呟く。
 自身の重ねている両手を強く握り締め、二人をただ黙って見守る。
 彼女もまた、二人にそうすることしか出来なかった。
 静かに、アドレーヌは顔を俯かせた。





2017/08/08(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は277〜







 それはアサの距離からは見えにくいものであったが、正面にいたミレットにははっきりと確認できるものだった。
 彼がようやく見せた反応を更に追及するべく声を出そうとする。
 が、しかし。

「はいそれまで。軍と言う組織の上に立つ人間である以上、色々動けない理由もあるんだって。だから無理強いはさせられないよ」

 そう言ってミレットとバーンズの前に、タルクスが割って入った。
 邪魔と言いたげに、彼女の鋭い視線はタルクスにも向けられる。
 その威圧感に僅かに顔を引きつらせながらも、彼はいつもの通りに彼女の肩をポンポンと軽く叩き微笑む。

「まあまあまあ。ミレットちゃん押さえて押さえて。えっとじゃあ交渉は決裂ってことで、ルーノ将軍もお忙しいでしょうし、戻られても結構ですよ」

 と、何故かタルクスがこの場を仕切り、そう言うと今度は彼女からバーンズの背後に回り込み、素早くその背を押し始めた。
 その不謹慎とも取れる態度に、例え上官に当たると言えど、バーンズの部下であるアマゾナイトは嫌悪感を表すよう眉を顰めていた。
 しかしそれでもタルクスは気に留める様子もなく。
 バーンズの退室を促すべく背を押していく。

「あ、ですがちょっと個人的なお話しがありまして…職務が終わった後で良いので時間よろしいですか?何ならお酒の席で聞いて貰っちゃって構いませんし」

 変わらずのひょうきんな言動のままバーンズの部下をも強引に引っ張って、何故か自身も一緒に退室していく。
 タルクス背中を押され、何も言わず去って行こうとするバーンズ。
 まるで逃げるようなその姿にミレットは思わず声を上げた。

「何か言って下さい!言ってよ――お父様!!」

 哀しい叫び声と共に自然と足は父へと向かう。
 が、突然腕を引っ張られる感覚にミレットはその足を止めることになる。
 振り返るとそこにはアサが彼女の腕を掴んでおり、彼は無言のまま首を左右に振って見せた。

「今は冷静になって」
「でも…」

 そうこうとしている間にバーンズはタルクスに連れられて部屋を出て行ってしまう。
 扉の閉まる重い音が聞こえ、ミレットは伸ばしていた自身の手を力無く下した。



2017/08/08(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は276〜








 予想外であった英雄の子孫の回答に、アサは思わず目を見開く。
 と同時に全身から血の気が引いていく感覚に襲われる。
 それは、信じていたもの、期待していたものに裏切られたときのような。そんな感覚であった。
 だがそういった経験自体皆無であったアサにとっては例えることの出来ないほどの衝撃だった。

「あー…そうですか。残念ですが無理強いは出来ませんし、了解です」

 と、驚きを隠せないアサたちを後目にタルクスは変わらない様子でそう返答する。
 若干声質が残念と言っているようにも聞き取れるが、今のアサにはそれを判別する冷静さがなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください。それで良いんですか…?」

 あっさりと引き下がろうとするタルクスを見やり、思わず割って入るべく口を開いたアサ。
 だが、ソファから立ち上がろうとした彼よりも先にその場から立ち上がった者がいた。
 アサの向かい席にいた彼女は、ソファから立つなり鋭い眼光で実の父を睨みつけた。

「どうしてですか!?」
「ミレット…」

 ミレットは制止しようとするアサの伸ばした手も気付かず、その足をバーンズに向ける。
 彼女の眼差しは実の父に向けるもののようで、一軍人のそれのようにも見えた。

「貴方の名声を利用するというのは確かに良案とは言えません。ですが現在の王国、イイヌの奇怪な行動は目に余るものがあるではないですか!」

 しかし娘の台詞にしては何処かぎこちなく、軍人の言葉にしては何処か幼い。
 自然とアサの顔は歪んでいく。

「それに私もこの目で目撃しました。公衆の面前で力無き者にあのような…暴力に近い強大な力を躊躇いなく使っていた!あれが許されるものなのですか!?」

 ミレットの声は徐々に大きく、力強いものになっていく。
 眉を顰めながら見つめるその双眸は、娘や軍人というものよりは、切望を叫ぶ只の少女のようであった。
 だが、そんな眼差しを向ける彼女を前にしても、バーンズの眼差しに歪みはなく冷やかとも言える。

「それに…私も襲われました。パイロープと名乗るイイヌに。貴方や私…ルーノ家を恨んでいるようだった」

 直後、それまで冷静に眉一つ動かないでいた彼の顔が、一瞬だけ僅かに瞳を見開いていた。




2017/08/01(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は275〜 今日の気分次回更新は8日(火)予定です





「返答を是非とも貴方の口から聞きたいんです。俺たちと共にイイヌの正体を暴き…更には王国の現状を民たちに知らせるという計画に」

 歴史でも有名な英雄ルーノの血を引く将軍。
 その肩書きは否応なしに国中の人々を信じさせるという効力を持っている。
 それを利用しようと言ってしまえば、悪辣なやり方と揶揄されても仕方がないのだろうが。
 アサたちにとってルーノ総隊長が味方についてくれることが何よりの頼み綱であった。
 そもそも娘であるミレットがこちら側にいる。遠縁ではあるが自分もこちら側にいるのだ。
 向こうが悪行をしているというのだ。
 ならば、断る理由などあるはずがない。
 アサはそう信じ、無意識に顔を上げてバーンズを見た。
 だが。
 そこにあった彼の表情は、雲行きの怪しい浮かない物であった。


「―――悪いが、君の計画に賛同することは出来ない」

 

 それが、バーンズの回答だった。








2017/08/01(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は274〜








「お久しぶりです、バーンズ・ルーノ総隊長」

 急に高まった緊張感により硬直する二人を後目に、タルクスはソファから立ち上がると現れた男に軍式の敬礼をしてみせる。
 いつもと変わらず悠々とした態度である彼が、この時ばかりは頼りになるとアサは思ってしまう。

「二年前、本部の祝賀会で以来だったかな…相変わらずの様子だな」
「そうでしたね。いやあ、あの時が懐かしいです。ルーノ総隊長もお変わりなく御勇健そうで何よりです」

 そう言ってへらりと笑って見せるタルクス。
 由緒あるルーノ家の当主を前にしてそんな態度が平然と出来るアマゾナイトは恐らく彼くらいなものだろうと、内心アサは考える。
 と、事実その通りであったらしく。雑談の中でバーンズは「あの祝賀会でもそうして友好的に話しかけてきたのはお前だけだ」と語っていた。
 そんな二人の傍らでアサたちはというと、顔を俯かせながら彼らの会話に耳を傾けることしか出来ないでいた。
 そもそも割って入れる程の人間ではないアサとアドレーヌは口を開けることさえ出来ず。
 実子であるミレットでさえ、唇を一文字に閉じたままであった。
 するとそんな三人――と、部下であるアマゾナイトの男性の空気を察したタルクスが「そうそう」と話を切り替えた。

「それで、単刀直入にすみませんが…先日送った書状は目を通して頂いてますよね?」

 でなければ彼らを此処に通していないでしょうし。
 そう付け足すタルクスの視線はアサたちへと向けられる。
 どうやらアサたちが此処に到着するよりも以前に事情説明を書いた書状を送っていたようで。
 よく考えればその方がどう考えても手っ取り早いかと思いつつ、アサはタルクスを一瞥する。
 彼は先ほど見せた綺麗な敬礼とは打って変わって、いつもの飄々とした笑みを浮かべさせ、腰に片手を添えながらもう一度尋ねる。




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