少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

2017年08月の交換日記

2017/08/08(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は278〜 今日の気分次回更新は22日(火)予定です








「ミレット…」


 俯く彼女を見つめ、静かに掴んでいた彼女の腕を解くアサ。
 目に見ても解るくらい落ち込んだ様子のミレットへ掛ける言葉が、アサは直ぐに浮かんで来なかった。
 それ以上にアサは驚きを隠せないでいた。
 彼女の父の予想外の返答にもそうであったが、それよりもミレットがこんなにも怒りを露わにしたことにアサは言葉が出なかったのだ。
 これまでミレットから怒られたこと、大声を上げられたこともあるにはあった。
 だが、此処まで激高した彼女を見たのは初めてだと、アサはそう思った。


「――ごめん、私はもう大丈夫だから」

 と、それまでの態度が嘘のように顔を上げた彼女は笑顔をアサへ向け、そう言った。
 無理していると誰もがわかる、苦しみを堪えて作っている笑顔だった。

「ごめんとか大丈夫じゃなくて…俺の前では無理するなって」

 今度は自然と、言葉が出ていた。
 直後、ミレットは作り笑顔を歪め、それを隠すべく俯く。
 脳裏には以前タルクスに言われた言葉が蘇る。

『……なんて言うかさ、『大丈夫』って我慢する言葉に聞こえない?』

 “大丈夫”という言葉の盾を使って耐えようとしているだけで、言葉そのものを受け止めて返す覚悟があるわけではない。
 そう忠告され、そうならないようにと覚悟してきたつもりであった。
 だが、結局父親の言葉を受け止め切れず反発し、肝心の仲間に対して盾を使ってしまい、心配させてしまった。
 自分の不甲斐なさに彼女はより一層頭を深く下げる。

「ご、ごめん。どうしていいか、わからなくなって…ごめん」

 小さな声でそう言った後、彼女はそのくしゃくしゃになった顔をアサの胸元へと埋めた。
 アサは驚くことなく、抵抗するはずもなく、抱きついてきたミレットを受け止める。
 動揺している彼女を落ち着かせるにはこうすることしか自分には出来ないとアサは思いながら、彼女の震える頭を優しく撫でていた。

「ミレットさん…アサさん…」

 一人ミレットたちを静観していたアドレーヌが、ポツリとそう呟く。
 自身の重ねている両手を強く握り締め、二人をただ黙って見守る。
 彼女もまた、二人にそうすることしか出来なかった。
 静かに、アドレーヌは顔を俯かせた。





2017/08/08(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は277〜







 それはアサの距離からは見えにくいものであったが、正面にいたミレットにははっきりと確認できるものだった。
 彼がようやく見せた反応を更に追及するべく声を出そうとする。
 が、しかし。

「はいそれまで。軍と言う組織の上に立つ人間である以上、色々動けない理由もあるんだって。だから無理強いはさせられないよ」

 そう言ってミレットとバーンズの前に、タルクスが割って入った。
 邪魔と言いたげに、彼女の鋭い視線はタルクスにも向けられる。
 その威圧感に僅かに顔を引きつらせながらも、彼はいつもの通りに彼女の肩をポンポンと軽く叩き微笑む。

「まあまあまあ。ミレットちゃん押さえて押さえて。えっとじゃあ交渉は決裂ってことで、ルーノ将軍もお忙しいでしょうし、戻られても結構ですよ」

 と、何故かタルクスがこの場を仕切り、そう言うと今度は彼女からバーンズの背後に回り込み、素早くその背を押し始めた。
 その不謹慎とも取れる態度に、例え上官に当たると言えど、バーンズの部下であるアマゾナイトは嫌悪感を表すよう眉を顰めていた。
 しかしそれでもタルクスは気に留める様子もなく。
 バーンズの退室を促すべく背を押していく。

「あ、ですがちょっと個人的なお話しがありまして…職務が終わった後で良いので時間よろしいですか?何ならお酒の席で聞いて貰っちゃって構いませんし」

 変わらずのひょうきんな言動のままバーンズの部下をも強引に引っ張って、何故か自身も一緒に退室していく。
 タルクス背中を押され、何も言わず去って行こうとするバーンズ。
 まるで逃げるようなその姿にミレットは思わず声を上げた。

「何か言って下さい!言ってよ――お父様!!」

 哀しい叫び声と共に自然と足は父へと向かう。
 が、突然腕を引っ張られる感覚にミレットはその足を止めることになる。
 振り返るとそこにはアサが彼女の腕を掴んでおり、彼は無言のまま首を左右に振って見せた。

「今は冷静になって」
「でも…」

 そうこうとしている間にバーンズはタルクスに連れられて部屋を出て行ってしまう。
 扉の閉まる重い音が聞こえ、ミレットは伸ばしていた自身の手を力無く下した。



2017/08/08(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は276〜








 予想外であった英雄の子孫の回答に、アサは思わず目を見開く。
 と同時に全身から血の気が引いていく感覚に襲われる。
 それは、信じていたもの、期待していたものに裏切られたときのような。そんな感覚であった。
 だがそういった経験自体皆無であったアサにとっては例えることの出来ないほどの衝撃だった。

「あー…そうですか。残念ですが無理強いは出来ませんし、了解です」

 と、驚きを隠せないアサたちを後目にタルクスは変わらない様子でそう返答する。
 若干声質が残念と言っているようにも聞き取れるが、今のアサにはそれを判別する冷静さがなかった。

「ちょ、ちょっと待ってください。それで良いんですか…?」

 あっさりと引き下がろうとするタルクスを見やり、思わず割って入るべく口を開いたアサ。
 だが、ソファから立ち上がろうとした彼よりも先にその場から立ち上がった者がいた。
 アサの向かい席にいた彼女は、ソファから立つなり鋭い眼光で実の父を睨みつけた。

「どうしてですか!?」
「ミレット…」

 ミレットは制止しようとするアサの伸ばした手も気付かず、その足をバーンズに向ける。
 彼女の眼差しは実の父に向けるもののようで、一軍人のそれのようにも見えた。

「貴方の名声を利用するというのは確かに良案とは言えません。ですが現在の王国、イイヌの奇怪な行動は目に余るものがあるではないですか!」

 しかし娘の台詞にしては何処かぎこちなく、軍人の言葉にしては何処か幼い。
 自然とアサの顔は歪んでいく。

「それに私もこの目で目撃しました。公衆の面前で力無き者にあのような…暴力に近い強大な力を躊躇いなく使っていた!あれが許されるものなのですか!?」

 ミレットの声は徐々に大きく、力強いものになっていく。
 眉を顰めながら見つめるその双眸は、娘や軍人というものよりは、切望を叫ぶ只の少女のようであった。
 だが、そんな眼差しを向ける彼女を前にしても、バーンズの眼差しに歪みはなく冷やかとも言える。

「それに…私も襲われました。パイロープと名乗るイイヌに。貴方や私…ルーノ家を恨んでいるようだった」

 直後、それまで冷静に眉一つ動かないでいた彼の顔が、一瞬だけ僅かに瞳を見開いていた。




2017/08/01(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は275〜 今日の気分次回更新は8日(火)予定です





「返答を是非とも貴方の口から聞きたいんです。俺たちと共にイイヌの正体を暴き…更には王国の現状を民たちに知らせるという計画に」

 歴史でも有名な英雄ルーノの血を引く将軍。
 その肩書きは否応なしに国中の人々を信じさせるという効力を持っている。
 それを利用しようと言ってしまえば、悪辣なやり方と揶揄されても仕方がないのだろうが。
 アサたちにとってルーノ総隊長が味方についてくれることが何よりの頼み綱であった。
 そもそも娘であるミレットがこちら側にいる。遠縁ではあるが自分もこちら側にいるのだ。
 向こうが悪行をしているというのだ。
 ならば、断る理由などあるはずがない。
 アサはそう信じ、無意識に顔を上げてバーンズを見た。
 だが。
 そこにあった彼の表情は、雲行きの怪しい浮かない物であった。


「―――悪いが、君の計画に賛同することは出来ない」

 

 それが、バーンズの回答だった。








2017/08/01(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は274〜








「お久しぶりです、バーンズ・ルーノ総隊長」

 急に高まった緊張感により硬直する二人を後目に、タルクスはソファから立ち上がると現れた男に軍式の敬礼をしてみせる。
 いつもと変わらず悠々とした態度である彼が、この時ばかりは頼りになるとアサは思ってしまう。

「二年前、本部の祝賀会で以来だったかな…相変わらずの様子だな」
「そうでしたね。いやあ、あの時が懐かしいです。ルーノ総隊長もお変わりなく御勇健そうで何よりです」

 そう言ってへらりと笑って見せるタルクス。
 由緒あるルーノ家の当主を前にしてそんな態度が平然と出来るアマゾナイトは恐らく彼くらいなものだろうと、内心アサは考える。
 と、事実その通りであったらしく。雑談の中でバーンズは「あの祝賀会でもそうして友好的に話しかけてきたのはお前だけだ」と語っていた。
 そんな二人の傍らでアサたちはというと、顔を俯かせながら彼らの会話に耳を傾けることしか出来ないでいた。
 そもそも割って入れる程の人間ではないアサとアドレーヌは口を開けることさえ出来ず。
 実子であるミレットでさえ、唇を一文字に閉じたままであった。
 するとそんな三人――と、部下であるアマゾナイトの男性の空気を察したタルクスが「そうそう」と話を切り替えた。

「それで、単刀直入にすみませんが…先日送った書状は目を通して頂いてますよね?」

 でなければ彼らを此処に通していないでしょうし。
 そう付け足すタルクスの視線はアサたちへと向けられる。
 どうやらアサたちが此処に到着するよりも以前に事情説明を書いた書状を送っていたようで。
 よく考えればその方がどう考えても手っ取り早いかと思いつつ、アサはタルクスを一瞥する。
 彼は先ほど見せた綺麗な敬礼とは打って変わって、いつもの飄々とした笑みを浮かべさせ、腰に片手を添えながらもう一度尋ねる。




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