少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

2017年11月の交換日記

2017/11/28(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は301〜









 バタン。
 その音が聞こえると、ミレットは静かに顔を上げ、そしてベッドの天井を見上げるように寝転がった。
 彼女の言葉を聞かないように、逃げるように追い返すような形となってしまった後悔がありつつも、それ以上にミレットは息が詰まるような苦しさに襲われていた。
 その病気は単なる発作ではなく、心の病と言ったところか。

「ホントは悔しいよ…なんで私じゃないんだろ」

 ぽつりと、誰に言うわけでもない独り言を洩らす。

「でも…私はまたアサが沢山笑ってくれるなら…それで良い」

 それで満足なんだよ。
 自分に言い聞かせるように繰り返し呟く言葉。
 瞼を覆うように腕を当てた、その隙間を縫うように、頬からは一滴の涙が零れ落ちた。




 
 ミレットの部屋を出たアドレーヌは宛がわれていた客室へと戻って行く。
 彼女の部屋で一緒に寝ようと、誘われていた通り寝るという選択肢もあっただろうが、とてもそんな気にはなれず。
 彼女はフラフラとした足つきで、何処か上の空の様子で部屋に向かって歩いていた。

「違う…私は…そうじゃなくて…」

 と、突然否定する言葉を洩らす。
 アドレーヌの中では、ミレットの部屋を出てから今までずっと、同じ自問自答が繰り返されているのだ。




『言わなくても解るよ。アドレーヌもアサが好きなんでしょ』

 先ほど言ったミレットの言葉が蘇る。
 既に何度も脳裏を過っている言葉であるが、その都度全身は肯定するように熱を迸らせている。
 そして、その度に彼女は「違う」と否定をしているのだ。

「私は…ただ、二人が――」


 羨ましいと思った。



 アドレーヌは羨ましかった。
 言葉もなく心から信頼している二人の姿が。
 頼って欲しいと思いつつもちょっと言葉を違えてしまえばすれ違ってしまう自分とは違う。小さい頃から解り合っているからこそ言葉を違えてもすれ違うことのない二人が。
 あんなにも強く抱きしめて貰えて、心から心配して貰えるミレットが。
 アドレーヌは純粋に羨ましいと、思ってしまったのだ。



2017/11/21(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は300〜 今日の気分次回更新は28日(火)予定です









「どうして…私なの?」

 純粋に抱いた疑問に対し、ミレットは「だって」と答える。

「それが出来るのはアドレーヌだけだと思うから」

 彼女はそう言うと柔らかい笑みを浮かべ、頬に触れるアドレーヌの掌へ、自身の手を重ねる。
 そして、真っ直ぐな瞳で彼女は言った。

「言わなくても解るよ。アドレーヌもアサが好きなんでしょ」


 直後、アドレーヌは急速に全身が熱を帯びていく感覚に襲われた。
 迸るような熱によって、思考回路は一気に停止する。

「え…?」

 何とか出せた、誤魔化しの言葉。
 しかしミレットはそんな彼女に笑みを零して返す。

「流石にそんな反応されちゃわかりやす過ぎだよ」

 顔中を真っ赤に染める彼女を後目にくすくすと笑うミレット。

「心配しないで。アサにも誰にも言わないから」
「違うの。私はただ…二人が――」

 そう言いかけてまたしてもアドレーヌは口を噤む。
 それを言っては後戻りが出来なくなる。
 心の何処か、もう一人の自分が出している警告。
 だが、振り払うように左右に首を振ると、アドレーヌは意を決してその続きを語ろうとした。

「私はただ、二人が――」
「いいよ。言わなくても大丈夫だよ」

 と、彼女の言葉を遮るように告げるミレット。
アドレーヌの口元には彼女の指先が当てられていた。

「…色々話したからかな、何だか眠くなってきちゃったんだ」

 続けてそう話すミレットは、もう片方の手で瞼を擦り、欠伸を一つ漏らした。

「また今度、続きを話そう?だから今日はおやすみ」

 そう言って彼女は横向きになると布団の中へ潜り込み、それ以上は何も言わなかった。
 何となくはぐらかされたような気がして、アドレーヌもまたそれ以上何か語る事もなく。

「わかった、おやすみなさい」

 その一言だけ返すとベッドから立ち上がり、そのまま静かに退室したのだった。
 




2017/11/08(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は299〜 今日の気分次回更新は21日(火)予定です



 出会った頃は何でも話してくれた。二人しか知らない秘密のお話しや、秘密の花園。
 悩みも愚痴も、憧れも夢も。何でも語ってくれた。
 だが、何時からか彼は自分のことを語らなくなってしまった。
 それが成長というものならばと受け止めていたミレットであったが、アサがアマゾナイト育成学校の入学試験に失格して、そこからまた彼は変わってしまう。
 自分の夢や感情、何もかもを押し殺したように、失ってしまったように何も言わず、何処か自暴自棄となっているようでもあった。

「だから…私じゃ駄目なんだ。どんなに頑張っても、アサを昔みたいなアサに戻してあげらないの」

 淡い暖色の明かりのせいか、ミレットの瞳は熱を帯びているように見えた。
 アドレーヌはそんな彼女を真剣に見つめる。
 彼女の、心から吐き出している言葉をしっかりと受け止めようとする。

「けどね、最近になって…アドレーヌと出会って此処までで随分とまた変わったの。前よりも感情豊かになってきていて、昔みたいな雰囲気が戻って来ていて。凄く嬉しいんだ」

 「こんな大変な状況だっていうのにね」と、ミレットは苦笑交じりに言う。
 釣られるようにアドレーヌも笑みを浮かべる。
 確かにアサはこれまで、責任感に胸躍らせることも、他人に嫉妬を抱くことも、誰かに嫌悪することも初めての経験のようであった。
 否、もしかすると一度は経験したことのある感情だったのかもしれない。
 だが、何かを切っ掛けに彼は経験したこれまでの感情を全て消し去ろうとして、忘れてしまっただけなのかもしれない。
 あくまでもそれはアドレーヌの推測であり、答えは彼本人さえも知らないところであるだろう。

「だから私はアドレーヌにアサのこと、もっと知ってほしい。悩みも夢も怒りも悲しみも聞いてあげて…アサを助けてあげてほしいの。アサに沢山の笑顔を戻してあげてほしいの」

 その双眸には強い願いと共に悲しみも隠れているように見えて。
 アドレーヌは思わずミレットの頬に触れた。








2017/11/08(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は298〜





「そのときにアサが『秘密のお話し』を話してくれたおかげで、私は思い出すことが出来たんだ。私には小さな想いもあったし、夢もあったんだって」

 彼女はそう言って自身の手を天井へと向ける。
 視線の先にある硝子のシャンデリアはよく見るとローゼンの花を模したものであり、暖かな明かりに照らされているそれはまるで橙というよりは朱い、赤いローゼンの花のようであった。 ミレットは自然と笑みを綻ばせ、告げる。

「だからアサには感謝してもしきれないんだ。幼馴染のようで兄妹のようで…それでいて誰よりも大切で大好きな人。私にとってアサはそう言う人なんだ」


 優しく穏やかな口調の彼女からは、心から敬愛するその感情がひしひしと、アドレーヌにも伝わってきていた。
 そしてそれが伝わって来れば来るほど、彼女の胸は締め付けられていくようで。
 息苦しさのようなものを感じた。
 だからこそ余計に、隣にいるミレットの顔がアドレーヌは見られなかった。
 見てしまうと、更に息が止まりそうで、心が止まってしまいそうな気がしたからだ。

「そっか、そう…なのね」

 そう囁くように一言、彼女は洩らす。
 



「―――けどね、私じゃ駄目なの」

 胸のざわめきにひっそりと顔を顰めているアドレーヌへ、おももろにミレットはそう言った。

「え…?」

 思わず、ようやく彼女はミレットへと視線を向けた。
 するとミレットもまた天井から視線を移し、アドレーヌの方を真っ直ぐに見つめていた。

「私がどんなにアサが大切で一番大好きでもね…アサにとって私は、どんなに大切と思ってくれても、それは幼馴染であり妹みたいだからなの」

 どんなにこの身を心配されても、どんなにきつく抱きしめてくれても。
 自分にそれ以上の愛情はないと、ミレットは何となく理解していた。
 しかし、それでも良い。それでも傍に居て支え続けたいと願い、今まで傍に居続けてきた。

「だからね、私には自分の悩みも夢も心の中も、何も教えてくれないんだ」





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