少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

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交換日記レンタル - nikkijam

2017/04/25(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は255〜 今日の気分次回更新は5月9日(火)予定です





(そう…お母さんたちと一緒に来た頃のと何も変わらない。あの時はアシュレイさんと後誰かと来ていて…それで私が迷子になっちゃって……それで―――)

 微かに掛かっていた記憶の靄が、一瞬だけ晴れていく。



(―――私は   と、一緒に…)





 と、そのときだ。

「ミレット!何やってんだ!?」

 アサの大きな声で我に返る。
 気付けば既に花送りの儀は始まっており、上を見上げれば沢山の花束が大河に向けて飛び交っているところであった。
 
「あ、ごめッ…」

 そう言って彼女は慌てて手にしていた花束を川へと投げ入れようとした。






 だが、それは叶わず。
 彼女は突然、足元を掬われるような感覚に襲われバランスを崩した。

「キャッ!」

 思わず悲鳴を上げてアサの服袖を掴む。
 しかし、それでも崩れ落ちていくような感覚は収まらない。
 と、誰かの叫び声が聞こえてきた。

「橋が崩れる!」

 ミレットは不意に足下を見た。
 石煉瓦造りの頑丈であると信じていた其処には確かに、今出来たばかりの大きな亀裂が生まれていた。

「ミレットッ!!」

 先ほどの叫び声を発端に周囲は混乱状態になってしまった。
 阿鼻叫喚の如く悲鳴がそこかしこに轟いており、隣にいるアサの声さえもミレットには届かなくなっていた。
 次の瞬間、ミレットが動くよりも早く。
 二人の足場――大橋は脆く崩れていった。







2017/04/25(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は254〜





 

 二人は通りがかりにあった花屋で花輪を購入し、足早に大橋へと向かう。
 大橋の周辺には既に沢山の人で溢れ返っており、出店も所狭しと並んでいた。

「離れるなよ?」
「うん」

 ミレットは伸ばされたアサの手をしっかりと繋ぎ、橋の中心へと進んでいく。
 二人が歩いている大橋は今回の祭りに間に合わせる形で完成させた新しい大橋で、以前の大橋よりも幅が広く、エナバが二台も通れるほどだ。
 そのため交通の便も良くなると言われており、この橋は神聖な儀式の舞台であると同時に、人々にとって新たな生活の支えとなる大切な橋なのだ。

「ここ、良いんじゃない?」
「ああそうだな」

 ミレットとアサは大橋中央部の縁という最も良い場所を陣取る事に成功した。

「タイミングも良かったな」

 徐々に人の波は大橋の縁へと向かって来ていた。
 そして皆、アサたちと同じように手に花を持っている。
一大イベント“花送りの儀”が間もなく始まろうとしていた。
 その一方で空は雨雲のない、しかしながらどこまでも白く淡い空色をしている。
 白色の空が天を覆う時、それは“何か”が起こる前触れと、百年ほど前から云われている逸話があった。






 新設された大橋中央に用意された舞台にラッハタの市長が上り、演説を始める。
 この話が終わった後、市長の合図と共に皆一斉に大河へと花束を投げ入れることになっている。

「この大河、ケモチ川のケモチとは古代語で『純粋な命の水』という意味がある…そしてその名の通りこの大河は今日に至るまで……」
「この話毎年全く同じ内容みたいなんだよね。久しぶりに聞いたけど同じみたいでびっくりした」

 隣にいるアサへそう耳打ちするミレット。
 彼ももまた彼女に「特に話す内容もないんだろうな」と耳打ちで返し笑みを浮かべてみせる。
 ミレットはクスクスと笑みを零し、橋の上から大河の光景を眺めた。
 久しぶりに帰ってきて、久しぶりに参加した祭。
 しかしこの祭は久しぶりでも何一つ変わっていなかった。
 祭りの雰囲気も、花送りの儀も、市長の言葉も。
 違うのは新たに大きな橋が作られたということ。



2017/04/18(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は253〜 今日の気分次回更新は25日(火)予定です





「花輪投げて沈まないでいると幸運が訪れるんだろ?ちゃんと良い場所取っとかないとな」
「投げ入れるときにお願いをすると叶うっていう噂もあるみたいだよ。何か願っとく?」

 二人はそんな他愛ない会話をしながら町の中を歩いていく。
 先ほど出店で買ったばかりの焼きトウモロコシを頬張りながらアサは言う。
 
「じゃあ宿の商売繁盛でも願っとこうかな」
「なんていうか真面目だよね、アサは。もっと自分のためのお願いすればいいのに」
「そうか?」

 小首を傾げてみせるアサを見やり、ミレットは小さくため息をついた。
 彼にはこれといった野心、野望と言ったものがない。
 山村にて自由奔放に少年時代を生きているわりにアサは思慮深く、考え過ぎる癖がある。
 どうやらそれは彼の姉であるユウが原因であると、以前彼自身が語っていた。
 6歳年上の姉ユウは面倒見が良い姉らしさを持つ反面、お転婆な一面もあったため、弟のアサは随分と振り回されていたらしい。
 それはシマ村で暮らしたミレットも実感していた。
 良くも悪くも姉御肌というやつで、ミレットにしては頼りになる姉代わりであったがアサにとっては大変な親分だったのだろう。
 しかし、それでも最近は大人らしく女性らしくなり、婚約の話しも出てきたほど成長をしたわけで。
 一方のアサは未だ変わらず、このままの思慮深い性格を引きずってしまっているようであった。

(好きなものだと何も考えず一直線になるんだけどなぁ…)

 と、そんなことを考えながらミレットはアサを見つめる。
 彼女は未だ彼から一直線になるくらい必死になってもらったことがない。
 そして、いつかはそうなってくれたらと、仄かな想いを寄せている。
 勿論、それはいくらアサにでも語れない想いでもあるのだが。








2017/04/18(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は252〜










 翌日の朝。
 ミレットたちは昨夜、結局アサの容体が良くならなかったために水祭へは行けなかった。
 そのため今日こそは行かなくてはと朝も早くから屋敷を出ることにしたのだ。
 でなければまたアシュレイが腕によりをかけてテーブル一杯のご馳走を用意してしまいかねない。

「また夕食のときみたいに食べてきたって嘘つくのもかわいそうだもんね」

 昨日の夕食時はミレットの言う通り外食をして済ませたと嘘を言っていた。
 おかげで夕食抜きとなっていた二人は逆に程よい空腹に襲われている。

「今日こそは食べて飲んで、祭を楽しまないとな」
「食べてばっかで太りそうだけどね」

 そう言うと二人はアシュレイに置手紙を残して、日も明けないうちに屋敷を飛び出していった。





 ラッハタの都市部に入るとそこは既に祭の活気を見せていた。
 近くの畑や農場から作物が集まり、それらを露店に並べているところ。
 都市の中心――ケモチ川へと向かうにつれてその賑わいは更に増していく。
 通りに並ぶのは露店だけではなく様々な芸を繰り広げる道化師たちや動物の姿も見られる。
 中にはもう既に酒を飲み始めていたり、大会のために踊りの練習をしていたりする者の姿もあった。
 街全体が祭の会場となっているようだった。

「これでも王都で行われる生誕祭に比べたら全然小規模って言われるんだけどね」
「三大祭とは謳われるけど、あの祭りとは比べるのが間違いだろ。それに、俺はこっちの方が一体感があって好きだけどな」

 このラッハタの水祭での一番のイベントと言えば、それはケモチ川に掛かる大橋の上から色とりどりの花で出来た船を流す“花送りの儀”だ。
 かつては一部の村々でしか行われていない祭の風習であったが、古くは国全体で行われていたものだとしてラッハタの水祭でも復活したのだ。
 大橋やその川辺には沢山の人で溢れ返り、予め用意されてある花輪を一斉に川へと投げる。
 大河は瞬く間に彩溢れる花で埋め尽くされ、花の川が出来る。
 花輪が沈まずに流れ続けるほどその者は幸運に恵まれるとも言われ、また数多の花が流れるその光景は圧巻であり、このイベントのためだけに遠路はるばるやって来る者も多い。



2017/04/11(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は251〜 今日の気分次回更新は18日(火)予定です






 思い出すのは決まっていつも、母が罪を犯し処断されたという事実と、そのことで苦しそうな顔をしている。だが覚悟に満ちた父の横顔。
 トラウマによる部分的な記憶の欠落。彼女はそれを悔しく思うも、ありがたくも思っていた。
 話によると父バーンズは子供たちが目撃している中で母マリアンヌを処断した――手に掛けたと聞いていた。
 もしもそのときの記憶が残っていたならば、きっと自分は父を許さず憎んでいたに違いない。
 何せ、今もその事実を聞いただけで少なからず実父に嫌悪のような憎悪のような感情を抱いているのだから。

「そう思い詰めるなって。辛かったら無理して思い出す必要はないからさ」
「うん…」
「俺だって幼少期の記憶思い出せって言われてもほとんど思い出せない。けど辛いなんて思わないし、だから哀しいことでもないんだからな」

 大切なことは過去の記憶ではなく、これからの思い出作り。
 だから必要なことは記憶を思い出すことじゃなくて、父親と仲良くなることだ。
 ラッハタへ訪れる前もアサは何度もそう言って励ましてくれていた。
 だからこそミレットは此処まで帰って来ることが出来た。
 アサがいなければ何も出来なかったし、何もしようとは思わなかった。

「うん、ありがと」

 本当に頼もしい人だ。ミレットは心の底からそう思い、寝転んだ体勢のままアサの横顔を見つめた。
 彼といれば父ともまた会話が出来るようになる。
 明日には父も入れて四人で夕飯を食べられるかもしれない。
 そんな前向きな夢を描きつつ、ミレットは自然とアサの手に触れた。



 しかし、彼女はまだ知らなかった。
 彼女が夢見た明日はまだ遠い先の話しになるということを。
 明日、何が起こるのかということを。







2017/04/11(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は250〜







 アシュレイの張り切りようにどうしようと思っていたミレットたちであったが、思いの他料理は帰宅するなり直ぐ出来上がり、それでも豪勢な昼食を頂くことになった。

「まだ腹きつい…」
「凄い量だったもんね」

 アサはそう言いながらベッドに横たわり、腹部を押さえ続けている。
 本来、食後直ぐ横になるのは良くないと忠告したいところであったが、今回は仕方がないとミレットは思う。
 何せアシュレイが用意した昼食というのが、三人分にしては多いものであったからだ。
 しかし腕によりをかけて作られただろう料理を残すことは、満面の笑みを浮かべている彼女の手前難しい――というよりも無理な話で。
 そこで唯一の男性であったアサが二人以上に食事を平らげた、というわけだった。

「大食い大会があったら優勝できたかもな…」
「あはは、大げさな」

 と笑い飛ばしたミレットだったが、その反面ではあり得るとも考えてしまう。

「とりあえず、アサの調子が良くなってから水祭見に行こうよ」
「悪いな」
「アサは悪くないよ。頑張っただけだよ」

 そう言ってミレットはアサが寝ているベッドの縁に座る。
 この客室はアサ用にアシュレイが用意してくれた部屋で、ミレットはミレットの自室で休むことになっている。
 だが彼女としては自室という感覚はなく、妙に広い客室にしか見えなかったため、アサを見舞う意味も含めてこの部屋にいた。

「…自分の家に帰って来た感想はどうなんだ?」

 と、突如心の奥を見透かすような言葉を投げかけられ、思わずミレットの動きが止まる。

「思ったよりも懐かしさは感じてる。アシュレイさんの賑やかさを見てると懐かしいなあって思うもん」

 ミレットはベッドの端でアサと同じように寝転ぶ。
 天井を見やり、「だけどね」と付け足した。

「家族との思い出はまだ思い出せない。両親の顔はちゃんと覚えているし、どう暮らしていたかも覚えてるんだ。でもね…楽しかった思い出も哀しかった思い出も思い出せないの」






2017/04/03(月) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は249〜 今日の気分次回更新は11日(火)予定です







 アシュレイの話しによるとミレットの父バーンズは任務で屋敷を出ているのだという。
 それは無理もない。彼はこの東方都市を守るアマゾナイト支部の総大将だ。
 ましてや東方都市最大の水祭が開催されるとなれば、何があろうと赴くが責務。
 数日屋敷を開けている事も昔はよくあることであった。と、ミレットは思い出す。

「毎年ラッハタ水祭の開催中はアマゾナイト軍の支部で寝泊まりしていまして…あ、ですがミレット様が帰って来ると知れば直ぐに戻って来るかと…」

 しかし、ミレットはアシュレイの話しを遮り、彼女の前に立つとかぶりを振って見せる。

「ううん、いいよ。忙しい中来てもらうのは申し訳ないし、水祭を楽しむために来たんだから」
「ミレット…」

 背後からアサの声が聞こえる。彼の言いたい事はわかっていた。
 だが、ミレットは気にすることなく。気にしないふりをして、アシュレイへ笑顔を向ける。

「それよりアシュレイさん。久しぶりにアシュレイさんの手料理が食べたい。ずっとエナバに揺られてて大した食事もしてなかったし」

 するとアシュレイは急速に顔を紅くさせ、目頭を熱くさせてミレットを見つめる。
 余程嬉しかったのだろう、何度も頷き彼女の両腕をがっしりと掴みながら言った。

「お任せください!ミレット様のために全身全霊を込めて作ります!!」

 それからアシュレイは急いで何処かへと走り出していく。
 どうやら善は急げとばかりに食事の買い出しへ向かうようだった。

「アシュレイさん…あるもので大丈夫だよ、まだ朝だし」
「いいえ、ミレット様とご親族様にまかないのような食事を提供するわけには参りません!今すぐ調達して来ますので、それまで少々お待ちください!」

 そう言うと彼女は来たばかりのミレットたちをそのままに、屋敷を飛び出してしまった。
 残されたミレットとアサはぽかんと口を開けたまま、アシュレイが出て行った正面玄関を見つめる。

「あの調子じゃあ朝ごはんじゃなくて、昼どころか夕食になりそうだぞ」
「そうかも…」

 水祭の露店で夕食を済ませようと考えていた二人は、どうしたものかと苦笑を浮かべるしか出来なかった。
 




2017/03/28(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は248〜 今日の気分次回更新は4月4日(火)予定です







「ま、まさかミレット様…こんなに大きくなられまして」

 そう言いながら歩み寄って来た侍女は顔を紅くして、次第に大粒の涙を流し始める。
 ミレットはその妙齢の女性を見つめ返し、ふと彼女の面影に記憶を呼び覚ました。

「もしかして…アシュレイさん…?」
「はい、そうですよ!お久しぶりですミレット様!」

 名前を呼ばれた彼女は感嘆のあまりミレットに飛びつくように抱きしめる。
 息苦しさに思わず顔を顰めそうになるが、それでも思わず笑顔が零れてしまったのは彼女がこういう女性であったことを思い出したからだ。
 一つ一つの行動が大げさで、直ぐにきつく抱きしめてくれて。
 侍女というよりはムードメーカーのお姉さんと言った雰囲気のアシュレイにいつも、ミレットと彼女は振り回されていた。
 だが、それがまた楽しい日々だった。
 そんな事を思い出し、ミレットは苦笑を浮かべながら彼女の背中を優しく撫でた。

「苦しいよ、アシュレイさん」
「すみません、嬉しくてつい…」

 彼女は流れた涙も真っ赤になった鼻先もそのままに、ミレットから離れると何度も頭を下げ、微笑んだ。
 久々の再会をこんなにも喜んでくれる人がいた。
 それだけでミレットもまた感動し、涙が込み上げてきていた。
 しかしアサが見ている手前、泣き顔は見せてたないと我慢する。
 するとアシュレイがアサの存在に気付き、途端瞳を輝かせた。

「あら、もしかして其方の方は…彼氏様ですか?」
「ち、違うよ!この人はシマ村でお世話になった遠縁のお兄さん」

 アサはアシュレイへと軽く頭を下げ、苦笑交じりに自己紹介をする。

「どうも、アサ・ブゴットです」
「あらあら、貴方様がブゴット家のお方でしたか!この度はミレット様がお世話になりまして…」

 そう言ってアシュレイはアサよりも丁寧に腰を折り曲げ、頭を下げ挨拶をする。
 コロコロと表情を変えて動くその様子はミレットによく似ている。
 アサはクスッと笑みを零すとそんな彼女へ手を差し出して「いいえ、大したことはしてませんよ。よろしくお願いします」と告げる。
 顔を上げたアシュレイは急いで彼と握手を交わし「此方こそよろしくお願いします」と満面の笑顔を見せた。




2017/03/28(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は247〜







 ラッハタの都市部、終着の停留所を降りるとミレットとアサは先ずそこから更に都市の外れにある住宅地区を目指した。
 その一帯は高級住宅が並ぶ所謂一等地で、そこから更に奥へと進んだ小高い丘の豪邸がミレット・ルーノの実家であった。
 驚きに開いた口が塞がらない様子のアサ。
 そんな彼を後目にミレットは久しぶりの帰宅――実に八年ぶりの――に気が重く、ため息ばかりついていた。

「ただいまぁ…」

 と、小さな声を出しながらミレットはゆっくりと門を開ける。
 だが屋敷内はしんと静まり返っており、人の気配がない。

「出かけてるんじゃないか?」
「そうかもしれないけど…」

 そう言ってミレットたちは屋敷の中を歩いていく。
 奥まで続く通路を進むと、やがて二人は広間へと辿り着く。
 高級なソファが並び如何にもと言った美術品が飾られた一室。

「絵に描いたような豪邸って感じだよなあ…」

 アサはそう呟きながら天井のシャンデリアを見上げる。
 その一方で、ミレットは徐々に顔色を青ざめさせていった。
 彼女のすぐれない様子に気付いたアサは、彼女を心配そうに見つめる。

「おい、どうした?大丈夫か?」

 ミレットは静かに頷き、それから囁く声で告げる。

「うん…大丈夫。何だか思い出しそうで…それでちょっと頭が重くなっただけ」

 そう言うとミレットは顰めていた顔を解き、笑顔を浮かべて見せる。
 何か言いたげにしていたアサだったが、ミレットが強引に彼の背中を押して話を有耶無耶にしてしまったため、何も言えなくなっていた。
 すると、そんなときだ。

「ミ、ミレット様…!?」

 驚く声につられてミレットとアサもまた驚き、肩を大きく揺らす。
 声のした方へと振り返ると、其処には一人の侍女の姿があった。


2017/03/14(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は246〜 今日の気分次回更新は28日(火)予定です




 あの事件――父が母を処罰したあの日から、ミレットの中でこのラッハタの町で過ごした記憶はあやふやなのだ。
 母と過ごした楽しい日々も、父に怒られた懐かしい思い出も、屋敷に住んでいた女の子と遊んでいた記憶も。
 思い出そうとしても靄がかかってしまい、思い出す事が出来なくなった。無理に思い出そうとすると胸が苦しくなり、涙が出て来て頭痛がしてくる。
 精神的なものであり、無理に思い出そうとする必要はないと医者に言われ、それ以降ミレットの中で家族の記憶は、故郷の記憶は殆ど無くなってしまったのだ。



 だが、ミレットはそれを苦だと思っていない。
 かつてはそう思っていた時期もあったが、アサと出会い療養のためシマ村で暮らして。新しい楽しい思い出が、記憶と家族が出来て。
 ミレットはそれで充分だった。
 だから、ミレットにとっての故郷はシマ村であり、ラッハタという東方都市ではないのだ。



「タイートのアマゾナイト養成学校に入ってから何も連絡してなかったし…だからしなくちゃなって思ってはいたけど…」

 そう呟くミレットは父の顔を思い返し、無意識に指先を震えさせる。
 父がミレットに何かしたわけではない。
 そう、何もしていない。
 どうして母が罪を犯したのか、それがどんな罪だったのか。
 どうしてその母を父が打たなければならなかったのか。
 父は何も話してくれない。教えてくれなかった。
 それ故にミレットは父に会うことを躊躇うようになった。苦痛に思うようになった。怖がるようになった。

「…わかってる。俺も一緒に行っておじさん会ってやるからさ」

 震えるミレットの手をそっと握りしめて、彼は優しく微笑む。
 ミレットはいつの間にか強張っていた体が、張り詰めていた何かがほぐれていくのを感じ。
 彼の笑顔に癒されて、感謝に微笑み返した。

「―――うん。ありがとう、アサ」

 そう言ってミレットは彼の―――アサの掌を緩く握り返した。

「で、報告が終わったら水祭。だな」
「うん。っていうかそれがメインで来たんだしね」

 じゃなきゃこんな長旅しないって。と、ぼやくアサを見つめながらミレットは頷き笑みを零す。
 時刻深夜から夜明けへと。
 目的地はラッハタの都市部へと向かっている。
 それは、ミレットが15歳の頃のことだった。