少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

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2017/07/25(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は273〜 今日の気分次回更新は8月1日(火)予定です







「道中、襲撃のせいでタルクスさんの書状を無くしてしまいまして、お二人を待って合流しようかとも迷ったんですが…」

 そう言って言葉を濁したアドレーヌに代わり、アサが今度は説明をする。

「思い切って支部を訪ねてみることにして…念のためアドレーヌの名前を出してみたら、それだけでアマゾナイトの人たちが既に理解していたみたいで。快く通してくれましたよ」

 書状を紛失した場合の展開も見越してそうしていたんだろうと言いたげな表情で、アサはタルクスを見つめる。
 が、当人はそんなアサの視線も気にする事はなく。
 かいつまんだ説明を聞き終えると顎下に指先を添えながら「なるほど」と呟いていた。

「いやあ思ったり普通で何より。もっと凄い展開になってたらどうしようかと思ったけどね」
「もっと凄い展開とは…?」
「突如現れたプレナイトを敵だと思い対立し、アドレーヌ嬢を守るべくアサ君まさかの激突!…なあんて」

 彼は冗談のつもりで言ったのだろうが、生憎それに笑いは起こらなかった。
 むしろ、ほとんど事実に近いことを言われてしまい、笑えるわけがなかった。

(…と言うより、そうなったと察しててわざと言っているんじゃ…)

 アサは俯き、重い吐息を洩らしながらそう思う。
 何処か落ち込んだ様子の彼に気付き、ミレットは彼の顔を覗き込んだ。

「アサ…?」
「あ、いや大丈夫だから…えっと、次はタルクスさんたちの経緯の説明を―――」

 と、アサは彼女に心配させまいと慌てて話しを変えようとした。
 そのときだ。




「お待たせいたしました。ルーノ総隊長がお越しになられました」

 ノックと共に突然開かれた扉。
 そこから姿を現したアマゾナイトの男は先ほど案内してくれた者とは別の人で。
 そして、男の後ろからゆっくりと入室してきた中年の男。
 他のアマゾナイトたちと同じ深緑色の軍服であるが、肩章の装飾や階級を示す腕章はミレットのそれとも、同じ総隊長であるタルクスのものとも違う厳かさがあった。
 アサは思わず息を呑み、現れたその総隊長を見つめた。
 小さい頃に、一度か二度は会ったこともあっただろう。
 だが、もうほとんど覚えてはいない彼の顔は、ほぼ初対面と言っても良かった。
 そしてそれは、実の娘にしても同じであった。





2017/07/25(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は272〜








「それで…ルーノ総隊長との面談についてですが」

 突然、大きな咳払いの後にそう告げるアマゾナイトの男。
 すっかりと蚊帳の外になっていた彼は当初の目的である言伝を告げるべく、淡々と口を開く。

「現在総隊長は会議中ですので、終了次第ご連絡させていただきますので、暫くは此方にてお待ちください」

 そう言うと彼は直ぐに戸を開き、部屋から出て行った。
 大きな音を立て閉められた後、残されたアサたちは多少の気まずさに息を洩らす。

「さて、まずは一旦落ち着いて。互いの報告をし合おうか」

 するとタルクスは近くにあった面談用の対面ソファに腰を掛ける。
 客人とも思えない手慣れたような素振りで着席を促すタルクスに、アサたちもとりあえずソファへと座った。
 全員が座るのを確認すると、タルクスは咳払いを一つ洩らした後、口を開く。

「それで早速だけど、アサ君たちの方からここまでの経緯を報告してくれないか?」
「報告も何も…さっき言った事が大体です」

 そう言って僅かに顔を顰めさせるアサ。
 先ほどよりも冷静さは取り戻しているものの、やはり何処か納得のいっていない様子もあって。
 タルクスといい、プレナイトといい。彼はどうやら飄々とした彼らとは元よりそりが合わないのかもしれない。
 と、アドレーヌは思い、人知れず苦笑を浮かべながら彼に代わって説明を始めた。




「お二人が囮となっている間に別行動を取っていた夜、私たちはイイヌ…ビオ=ランと呼ばれていた人物と遭遇しました。危機的状況にまで陥りましたが貴方が回してくれたプレナイトの気転によって九死に一生を得ました」

 その後、ビオ=ランは死亡したと思い込み撤退。
 以後、襲撃されることはなく、念のためプレナイトに護衛してもらいつつこのラッハタに辿り着いた。





2017/07/18(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は271〜 今日の気分次回更新は25日(火)予定です









 青ざめた顔で「そんな…」と呟いていたが、アサはそんな彼女の頭を優しく撫でる。

「それはもう済んだことだし、此処にこうして無事に居るんだからミレットのせいじゃない」
「そうよ。ミレットさんは何も悪くないわ」

 アサの言葉に続けてアドレーヌもまたミレットを慰めた。
 そして、改めてアサの視線はタルクスの方へと向かれる。
 
「元よりタルクスさんがそのことを隠していた事に問題があるんだ」

 するとタルクスは反省する様子もなく、肩を竦めながら答える。

「まあそんなに怒るなって。君たちのところにイイヌが来る可能性は限りなく低かったから特別言っておく必要はないかなと思ったんだよ。それにプレナイトに動いてもらうのはあくまでももしもの時の保険だったんだし」

 むしろ説明しておいたら変に意識してしまうだろ。と、タルクスは付け足す。
 そう言われてしまうとアサはこれ以上の反論は出来ない。
 何せ、かつて襲ってきた相手が今度は助けてくれるというのだ。
 意識しないわけがない。アサの性格ならば尚更、複雑な顔をし続けていたことだろう。

「それでイイヌに勘ぐられるよりは敢えて言わないで置いた方が得策だって判断したんだよ。ほら、敵を騙すにはまず味方からってね」

 そう言って笑みを浮かべたままのタルクス。
 最早これ以上何か言っても何倍もの理屈で覆されるだけのような気がしてきて、アサは白旗を上げるように彼から顔を背けた。

「もう良いです」

 それは他のミレットやアドレーヌも同じだったようで。
 これ以上の文句や苦言を言うことはなかった。






 しんと静まり返ってしまう空気の中、タルクスは顔を背けているアサの肩をポンと叩いた。

「とにかく、無事で何よりだったよ。お疲れさま」

 そうして見せる今度の笑顔は安堵の交えた、穏やかなものであった。
 彼の笑顔を見やり、アサも仕方なく苦笑交じりに破顔させた。
 






2017/07/11(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は270〜 今日の気分次回更新は18日(火)予定です




「何で言ってくれなかったんですか!」

 開口一番の大声に、流石のタルクスも一瞬目を丸くする。
 が、直ぐ言葉の意味を察した彼は口角を吊り上げさせると「まあまあ」と言いながら若干怒りを見せているアサを宥めた。
 一方で怒声とも言えるアサの言動に困惑を隠せないでいるミレット。
 彼がこうして怒りに近い反応を見せることは滅多にないからだ。

「ど、どうしたのアサ?」
「どうしたもこうしたも…!」

 詰め寄ろうとしているアサの前に立ち、二人に割って入る形となるミレット。
 そんな彼女により僅かに冷静さを取り戻しながらもアサは眉を顰めたままタルクスを睨み言った。

「俺たちには秘密にしてイイヌの一人と手を組んでたんだ」
「え?どういう意味…ですか?」

 イイヌという名を聞けば、当然ミレットは疑心の眼差しをタルクスへ向けてしまう。
 と、タルクスは相変わらず飄々とした態度で、かぶりを振りながら彼女へ詳しい説明をアサに代わって始めた。

「誤解を招くような言い方だなあ。俺はただ極秘に裏でイイヌの一人…プレナイトと手を組んでいただけだって。手を組むって言っても情報交換だけだしアサ君たちを助けてくれるって、協力を了承してくれたのだって今回が初めてなんだよ」

 へらへらとした口振りでそう話すが、とてもそんな雰囲気で話す内容ではないと、ミレットは瞳を大きくさせる。

「協力って、イイヌの人がアサを助けたの?」

 ミレットの質問にアサは頷く。
 次いで彼は、軽くここに来るまでの経緯を説明した。
 ミレットにとっては自分が囮役に買って出たというのに、結局アサたちのところへイイヌがやって来てしまったことに驚きを隠せなかった。







2017/07/11(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は269〜









 支部内の造りは外見同様、他の支部と変わりのない造りで、ミレットは僅かに安堵感を抱く。
 だが東方支部には東方支部独特の雰囲気が漂っており、思わず背筋が伸びる。
 門番から引き継がれた案内役のアマゾナイトは真っ直ぐの通路の奥、左手にあった一室へと二人を案内した。

「失礼します」

 ノックをした後、そう言って男が扉を開けると、その奥には見覚えのある顔が待っていた。

「アサ!」
「ミレット!」

 互いの顔を見るなり、二人はそう叫びながら互いの元へと駆け出していく。
 アマゾナイトの隊員を横切り、アサは人目も憚らずミレットを抱きしめた。




「あ、あっ…アサッ…人前で…!?」
「良かった、無事で…」

 突然の抱擁に驚き、顔を真っ赤にさせるミレット。
 しかしミレットの動揺を他所にアサは安堵と歓喜から彼女を放そうとしない。
 そんな二人の初々しい様子に陽気な口笛を吹くタルクスと、場違いである自分の存在を誤魔化すかのように咳払いを洩らす案内の男。
 様々な反応を彼らは見せていた。
 そしてそれはアドレーヌも同じであった。
 彼女はミレットと同じく突然見せたアサの行動に驚き、目を見開いていた。
 見開いたまま何も考えられず、頭を真っ白にさせて二人の姿をただただ見つめていた。



 アサにとってその抱擁は大事な人――と言っても家族、兄妹のような存在である彼女の身を案じたが故に出てしまった行動であり、それ以上の意味はなかった。
 周囲が見せた反応などつゆ知らず、彼はミレットからようやく離れると次いでタルクスを見やった。
 だが、彼に見せる表情は、決して安堵からくるそれではない。

「やあやあアサ君。随分とお熱いようで」

 ひょうきんな態度を見せるタルクスへと無言のまま迫り、顔を顰めながらアサは口を開いた。



2017/07/04(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は268〜 今日の気分次回更新は11日(火)予定です




「…そっか。まあどうしても無理そうな場合は、アサ君や俺にしがみついてくれれば良いよ。何なら最初っから手を握ってあげようか?」

 と、笑顔を向けるタルクスへ、ミレットは顔を紅くさせながら強く首を左右に振って見せた。

「結構です」

 本当は誰かに握っていて欲しい気もあったが、それは甘えになってしまうと堪え、心に押し込めて。
 ミレットはタルクスを通り越し、そそくさと先に東方支部目指して歩いていく。
 一人取り残された彼は後頭部を軽く掻き、吐息を洩らした。

「ホント、俺の回りは気丈なお嬢さんが多いことで」

 ぽつりとそう呟くと、タルクスは彼女の後を追いかけ、走り出した。







 アマゾナイト軍、東方支部の門前に辿り着いたミレットとタルクス。
 大口を叩くような発言こそしたものの、その大きな鉄柵の門を前にして彼女の鼓動は段々と高鳴っていく。
 タルクスにばれない様こっそりと、何度も深呼吸を繰り返しながらミレットは彼の後に続く。
 すると彼は悠長な歩きで門番をしているアマゾナイトに近付くと、軽く手を振ってみせた。

「どうもー、東方支部総隊長ルーノ中将殿との面談をしに来た北方支部のタルクス・トロメンター少佐なんですが。話は通ってますよね?」

 少々軽率な態度とも取れるが、しかし門番のアマゾナイトはそんなタルクスへ敬礼を一つし、「此方です」と内部へと道を開ける。

「いやあどうもどうも」

 軽い口振りでそう言いながらタルクスは支部の中へと躊躇することなく入っていく。
 門を潜る事に一瞬ながらも戸惑っていたミレットは彼に置いて行かれてしまい、今度は彼女が慌てて追いかけることとなった。

「ちょ、ちょっと待って!」







2017/07/04(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は267〜









 エナバが執着地の停留所に到着すると、タルクスとミレットの二人はようやく手足を伸ばせると、急ぎ気味に下車をする。
 外はすっかり日が昇り、薄青い空が広がっていた。

「もしかしてアレが…東方支部ですか?」
「ああ、その通り。ま、外見だけなら北方や西方と同じだからね」

 二人が見つめる視線の先には北方支部や西方支部と同じ大きさ、造りの建物。
 これもまた他の支部と同様に、大通りに面した突き当りに、まるで城のように存在していた。
 
「っていうか、君のお父さんが総隊長を任されている場所だろ?来た事一度もないの?」
「は、はい…小さい頃はほとんど屋敷で過ごしていて…シマ村に移った後も来た事はありませんでした」

 俯きながら、彼女はそう語る。
 そういえばと、タルクスはミレットの口から直接、過去の事件について詳しく聞いてはいなかったなと思い返す。
 彼は東方支部へと足を向けながら、おもむろに口を開いた。

「…そういえば、アサ君にも聞いているけど…過去の事件でルーノ総隊長と仲違いしているんだってね?」

 直後、ミレットは僅かに肩を揺らす。
 強張らせた表情からも触れられたくはない話だったのだろうが、構わずタルクスは歩きながら言葉を続ける。

「随分と久々の再会になるみたいだし、過去のトラウマもあるだろうけど俺は構わずその事件についても聞くつもりだよ」

 更に彼は「そしてその話し合いにはミレット嬢も同席してもらうつもりだから」と淡々と告げる。
 しかし、彼女は俯いていた顔を上げるなり、しっかりとかぶりを振って見せ、言った。

「私は大丈夫―――いえ、私も此処に来るまでずっと考えて、覚悟を決めた…つもりです。本心を言うとちょっと怖い、けど…それでも、いつまでも『大丈夫』って言葉を言いつつ父から逃げていてはいけないんです」

 強く握り締める拳。それは僅かに震えている。
 かなり無理をしているのが、自分でもわかっていた。
 だが、このままではまたパイロープは自分を狙い、そしてタルクスやアサ、皆に迷惑を掛けてしまう。
 それだけは嫌だった。





2017/06/27(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は266〜 今日の気分次回更新は7月4日(火)予定です







 ミレットとタルクスの二人はパイロープの襲撃から、命辛々脱することに成功していた。
 キエ対キエという異能者同士の戦いであるものの、彼女の狙いがミレットである以上、タルクスは彼女を守りながら戦わなければならなかった。
 だが、そもそも二対一という戦況でもあったため、戦闘はパイロープが不利な状況へと次第に追い込んでいった。
 彼女の『熱』を発する力と、触れたものを『爆発』出来る力。
 その能力には大きな欠点があったことも、この戦況を変える要因となった。
 それは至近距離からでなければ攻撃出来ない、ということだ。
 彼女に近付きさえしなければ灼熱を浴びることも爆発を喰らう事もない。
 片やタルクスの生み出す『竜巻』は遠方にまで威力が及ぶ。
 結果、パイロープはタルクスの一方的な竜巻攻撃を受けることとなり、成す術もなく撤退していったのだった。

『私は絶対に許さない…何があってもバーンズの血を引く者を…!』

 そんな負け台詞を残して。





 その後、ミレットとタルクスは再度の襲撃を念のため警戒しつつ、徒歩で近くの村へ移動した。
 タイート直行便のエナバに乗り込み、こうして現在に至るというわけだった。

「直行便が満車続きだったときはどうなるかと思ったけど、こうしてエナバに乗る事も出来たし…歩き続きになるよりは良かっただろう?」

 タルクスはそう言って微笑み掛けるが、完全に拗ねてしまったらしくミレットは返事すらせず窓の外へ視線を向ける。

「そんなに怒らなくても…」

 寝顔を見たくらいで、とタルクスは言いたいところであったが、年頃の女性ならばそこは気にするのも当然かと思い直しため息を洩らす。
 窓の外は夜明けによって淡い暁の空が広がっている。

(彼が合流していて順調に進んでいたならば、もう東方支部には着いているか…)

 と、そんな事を考えながらタルクスは人知れず欠伸を洩らす。
 先ほどぼやいていたミレットの言葉ではないが、確かに丸一日この姿勢で揺られ続けているというのは、それはそれで窮屈であり、退屈な旅であった。

(彼が上手い事やってくれてると信じて…しょうがないからもうひと眠りしとくかな)

 タルクスはそう決めると背凭れに頭を寄せ、静かに瞼を閉じた。
 
 






2017/06/20(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は265〜 今日の気分次回更新は27日(火)予定です






「って言うか…お前シマ村まで付いてくる気かよ?」
「うん、まだ学校の休み期間も残ってるし…もう一度だけシマ村にお邪魔しようかなって」

 東都市タイートのアマゾナイト養成学校から最南の山村であるシマ村まではエナバを利用しても二、三の日は掛かる距離である。
 そのためミレットは養成学校で学んでいる間は寮生活をしている。
 現在は長期休校機期間であり、それで彼女はその期間を利用してシマ村やラッハタへ戻って来ていたのだった。
 予定外の惨事があったものの、休校期間終了まであと十の日まである。

「……アマゾナイトの養成学校って。やっぱ辛いのか?」
「え?どうしたのいきなり?」
「いや、まあちょっとな……村に着いたら話す」

 その時のミレットはアサの言葉にどんな意味があって、そう尋ねたのかなど、深くは考えていなかった。
 彼がこの後、アマゾナイト入隊を志願するなど、これまで一度も考えたこともなかったからだ。
 彼は故郷の宿を継ぐのだと、思い込んでいた。
 二人はそれぞれの思いと決意を胸に秘めたまま、長いエナバの旅に揺られていった。









 ミレットは静かに目を開ける。
 どうやらエナバが大きく揺れた拍子に目が覚めてしまったらしい。
 窓から外を見ると景色はまだ暗かった。

「まるまる一の日間エナバだと身体が痛くなっちゃうよ…」

 と、そんな独り言をぼやきながら、彼女は瞼を擦る。
 それから一つ欠伸を洩らしたが、途中でそれを止める。
 隣の席から、視線を感じたからだ。

「お目覚めのようで、ミレット嬢」

 口角を吊り上げている表情は暗がりのエナバでもよくわかる程で。
 思わずミレットは顔を紅くさせながら彼の頭を叩いた。

「も、もう!見ないでください!」

 即座に顔を背け、ミレットは乱れていただろう髪や顔を指先で直していく。
 だがかれこれもう2日近く彼と行動を共にしており、乱れた姿など既にもう何度も見られている。今に始まったことではない。
 しかし、それでも赤の他人――ましてや男性にそんな素顔を見られたくはないと思うのが乙女心。

(こんな顔アサにだって見せてない…と、思うのに……最悪)

 ミレットは隣に居るタルクスには見つからないように、こっそりとため息を吐いた。






2017/06/20(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は264〜









 7の日間が経過すると祭はいつの間にか終了となっており、あの大事故についても何事もなかったかのように事態は収束していった。
 未だ川に流されたまま行方不明となっている者もいるという噂を聞くが、大橋の周辺は不思議を通り越して恐ろしい程に静まり返っていた。
 人々の心身に大きな傷跡を残した大事故はこうして事故があったという事実だけが歴史に刻まれることとなり、その実態は如何様だったかまでは語られることもないのだろう。
 何処かの新聞の記事にそんな文面が書かれてあったと、ミレットは不意に思い出した。




「ミレット様…本当に旦那様とお会いせずお戻りになられるのですか?」
「うん。今回の事故できっと更に忙しくなってるだろうし…」

 眉尻を下げるアシュレイを後目にミレットは笑みを浮かべながらそう答える。
 元よりそこまで父親に会いたいとは思っていなかったのだ。彼女にとってはその方が都合良いと言えた。
 それに、ミレットは少しでも早く養成学校へと戻って、今は一刻も早く学力と実力を付けたかった。
 今回、この事故において殆ど何も出来なかった自分の無力さを補いたかったのだ。

(少しでも自分に力があれば…もっと多くの人を救えたはず。ルーノ家の人間としてではなく、一人のミレットとしてアマゾナイトで力をつけなくちゃ……アサだって助けてあげられない)

 ミレットはそう決意を固め、帰路に立つこととなった。

「ミレット様、お体にはお気をつけて」
「うん、アシュレイさんもお元気で」
「アサ様もミレット様のことよろしくお願いします」
「あ、ああ」

 事故の後から、アサがどこか上の空であることはミレットも薄々感じていた。
 あのような惨劇が目の前で起こったのだ。その衝撃に心を病む者も当然いる。
 アサもまた、そのような状態になったのではないかと、内心ミレットは彼を案じていた。
 しかし、尋ねてもアサは「平気だ」と言って返すのみ。
 そのためシマ村へと一度戻った際に彼の姉であるユウに事情を説明しておこうと思っていた。