少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

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交換日記レンタル - nikkijam

2017/05/17(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は258〜 今日の気分次回更新は30日(火)予定です







 少女の母親は思いのほか早く見つかった。
 偶然にも引き上げた女性が彼女の母親だったのだ。
 他にも多くの人たちが溺れ、浮きながら助けを求めている中、彼女たちを引き合わせられた神がかり的な奇跡。

「お母さん…お母さん!」
「良かった……」

 二人の涙声を上げた再会シーンとも相まってアサは更に、自身に英雄的な才能があるのではという優越感のような快感を抱く。
 だがそれは儚い妄想であることも、同時に思い知らされている。
 未だにこの大河には多くの人間が助けを求め、待っているのだ。
 川の流れによって流されている者たちもいるようで、想像以上に今ここが地獄絵図と化していることを実感させられている。
 奇跡の感動に酔いしれている暇などないのだ。

(救援が来るまで出来るだけの人を引き上げないと―――!?)


 と、アサはそこでようやく自分の失態に気付いた。
 ミレットの姿が、何処にも無かったのだ。

「ミレット!!」

 彼女ならば助かっていると、自力で助かるだろうと心の何処かで思ってしまっていた。
 だが、周囲にミレットの姿がなく、彼女の名前を呼んでも声も聞こえない。

「ミレット!ミレットッ!!」

 アサは急いで川の中へと潜っていく。
 先ほどまでの妄想も絶望感さえも忘れて、彼は無我夢中でミレットの姿を探して潜り続けた。

(ミレット―――ッ!!!)










 その時だった。
 川の流れが急に激しくなったように感じた。
 全身が何処かに吸い込まれるような、そんな感覚に襲われる。
 だが、アサはこの突然変異した川の流れに恐怖を抱かなかった。
 むしろこの流れに逆らってはいけないと不意に感じた。

(この先にミレットがいる…!)

 まるでこの水の流れがミレットを導いてくれているような、引っ張ってくれているような気がしたのだ。
 過剰な自信と興奮が未だ冷めやらぬ状態なのもあったのだろう。
 それでも、アサは勘違いだとは思わなかった。
 確実にミレットはこの流れに導かれた先にいると確信していた。








2017/05/10(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は257〜 今日の気分次回更新は16日(火)予定です




 一瞬にして水の中に呑み込まれ、パニック状態に陥っていた最中。
 アサは少女の姿を見つけ、無意識のうちに彼女を掴んで抱き上げていた。
 無我夢中、がむしゃらに水上を目指して泳ぎ、そして顔を出す事が出来た。
 見ると抱えていたその子はミレットではなく、彼女よりも幼い少女であった。

「はあっ!ハァ…は、ア…ハァ―――」

 大丈夫か。そう尋ねている余裕など今のアサには無かった。
 自分が助かるついでに偶々彼女も救った。それだけのつもりだった。

「―――た、助けて……お母さんを…助けてッ…」

 しかし、幼い少女は意識が朦朧としている中で、アサの腕をしっかりと掴んだままそう言った。
 虚ろげな、だが必死な眼差しだとアサには見えた。
 こんな少女が薄れゆく意識の中で自分よりも母親を心配しているのか、そしてそれをこんな自分に求めるのか。
 彼女の見せる強い願いと自分の情けない我欲に心は潰されそうになった。
 が、それ以上に強い何かがアサの中で目覚めたようだった。
 それは単なる救世主気取りの自己満足だったのかもしれない。
 しかしそれでも今のアサは彼女の必死な願いを、何としても叶えたい。
 自分が助けてあげたいという思いに駆られた。

「待ってて!!」

 アサは近くで浮いていた木の板に彼女を掴ませると、もう一度水中へ潜る。
 この少女の母親がどんな姿なのかも知らず。それでも構わずに。

「ありがとう…」

 水中へ潜る直前に聞こえた少女の声。
 聞き間違いだったかもしれないが、だとしてもアサの中で更にそれが大きく高鳴り、膨れ上がっていく。
 彼もまた必死に、水中へとまた潜り込んでいった。







2017/05/10(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は256〜







 崩れ落ちる大橋の瓦礫と共に、ミレットや大勢の人たちは大河へと叩きつけられるように落ちていった。
 川へと飛び込むまでは一瞬で、川に呑まれた後は何が起こっているのかミレットにはもう何もわからなかった。
 上下左右、側に誰がいて誰がおぼれているかさえも。
 だが、そんな中でミレットはアサの姿を見つけた。
 彼は水中で誰か――服装から見て女の子を水上へと運んでいるようだった。
 もしかしたらそれは彼女が勝手に見た幻かもしれない。
 しかしミレットはそんなアサの姿を純粋に尊敬した。

(こんな状況で誰かを助けられるなんて…やっぱカッコイイよアサは…)

 初めて会って、初めて会話をしたときからそうだった。
 ミレットにとって、アサは自分を閉じこもっていた殻から出してくれた尊敬するべき人で、大好きな人だった。
 だからこそ、こんな状況だというのに。
 自分が陥っている状態も忘れて、彼女はふと思ってしまった。

(悔しいな…どうせなら、私を最初に助けて欲しかったな……)

 単純な妬み。
 ずっと押し込んでいた小さな想い。
 それは徐々に、自身の意識が薄れると共に強くなっていく。
 生を望めば望むほど、死を感じれば感じるほど。
 彼女の中で純粋な想いは強い願いに変わっていた。



(私が隣なら良かったッ…私を隣にッ…………私を、助けて…助けてッ―――アサッッ!!!)



 ミレットは目一杯、水上へと上っていくアサに向けて手を伸ばした。
 しかし、彼はそれを掴みはしない。
 ミレットに気付いてもいない。
 そこで彼女の意識は途絶え、景色はフェードアウトしていった。












2017/04/25(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は255〜 今日の気分次回更新は5月9日(火)予定です





(そう…お母さんたちと一緒に来た頃のと何も変わらない。あの時はアシュレイさんと後誰かと来ていて…それで私が迷子になっちゃって……それで―――)

 微かに掛かっていた記憶の靄が、一瞬だけ晴れていく。



(―――私は   と、一緒に…)





 と、そのときだ。

「ミレット!何やってんだ!?」

 アサの大きな声で我に返る。
 気付けば既に花送りの儀は始まっており、上を見上げれば沢山の花束が大河に向けて飛び交っているところであった。
 
「あ、ごめッ…」

 そう言って彼女は慌てて手にしていた花束を川へと投げ入れようとした。






 だが、それは叶わず。
 彼女は突然、足元を掬われるような感覚に襲われバランスを崩した。

「キャッ!」

 思わず悲鳴を上げてアサの服袖を掴む。
 しかし、それでも崩れ落ちていくような感覚は収まらない。
 と、誰かの叫び声が聞こえてきた。

「橋が崩れる!」

 ミレットは不意に足下を見た。
 石煉瓦造りの頑丈であると信じていた其処には確かに、今出来たばかりの大きな亀裂が生まれていた。

「ミレットッ!!」

 先ほどの叫び声を発端に周囲は混乱状態になってしまった。
 阿鼻叫喚の如く悲鳴がそこかしこに轟いており、隣にいるアサの声さえもミレットには届かなくなっていた。
 次の瞬間、ミレットが動くよりも早く。
 二人の足場――大橋は脆く崩れていった。







2017/04/25(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は254〜





 

 二人は通りがかりにあった花屋で花輪を購入し、足早に大橋へと向かう。
 大橋の周辺には既に沢山の人で溢れ返っており、出店も所狭しと並んでいた。

「離れるなよ?」
「うん」

 ミレットは伸ばされたアサの手をしっかりと繋ぎ、橋の中心へと進んでいく。
 二人が歩いている大橋は今回の祭りに間に合わせる形で完成させた新しい大橋で、以前の大橋よりも幅が広く、エナバが二台も通れるほどだ。
 そのため交通の便も良くなると言われており、この橋は神聖な儀式の舞台であると同時に、人々にとって新たな生活の支えとなる大切な橋なのだ。

「ここ、良いんじゃない?」
「ああそうだな」

 ミレットとアサは大橋中央部の縁という最も良い場所を陣取る事に成功した。

「タイミングも良かったな」

 徐々に人の波は大橋の縁へと向かって来ていた。
 そして皆、アサたちと同じように手に花を持っている。
一大イベント“花送りの儀”が間もなく始まろうとしていた。
 その一方で空は雨雲のない、しかしながらどこまでも白く淡い空色をしている。
 白色の空が天を覆う時、それは“何か”が起こる前触れと、百年ほど前から云われている逸話があった。






 新設された大橋中央に用意された舞台にラッハタの市長が上り、演説を始める。
 この話が終わった後、市長の合図と共に皆一斉に大河へと花束を投げ入れることになっている。

「この大河、ケモチ川のケモチとは古代語で『純粋な命の水』という意味がある…そしてその名の通りこの大河は今日に至るまで……」
「この話毎年全く同じ内容みたいなんだよね。久しぶりに聞いたけど同じみたいでびっくりした」

 隣にいるアサへそう耳打ちするミレット。
 彼ももまた彼女に「特に話す内容もないんだろうな」と耳打ちで返し笑みを浮かべてみせる。
 ミレットはクスクスと笑みを零し、橋の上から大河の光景を眺めた。
 久しぶりに帰ってきて、久しぶりに参加した祭。
 しかしこの祭は久しぶりでも何一つ変わっていなかった。
 祭りの雰囲気も、花送りの儀も、市長の言葉も。
 違うのは新たに大きな橋が作られたということ。



2017/04/18(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は253〜 今日の気分次回更新は25日(火)予定です





「花輪投げて沈まないでいると幸運が訪れるんだろ?ちゃんと良い場所取っとかないとな」
「投げ入れるときにお願いをすると叶うっていう噂もあるみたいだよ。何か願っとく?」

 二人はそんな他愛ない会話をしながら町の中を歩いていく。
 先ほど出店で買ったばかりの焼きトウモロコシを頬張りながらアサは言う。
 
「じゃあ宿の商売繁盛でも願っとこうかな」
「なんていうか真面目だよね、アサは。もっと自分のためのお願いすればいいのに」
「そうか?」

 小首を傾げてみせるアサを見やり、ミレットは小さくため息をついた。
 彼にはこれといった野心、野望と言ったものがない。
 山村にて自由奔放に少年時代を生きているわりにアサは思慮深く、考え過ぎる癖がある。
 どうやらそれは彼の姉であるユウが原因であると、以前彼自身が語っていた。
 6歳年上の姉ユウは面倒見が良い姉らしさを持つ反面、お転婆な一面もあったため、弟のアサは随分と振り回されていたらしい。
 それはシマ村で暮らしたミレットも実感していた。
 良くも悪くも姉御肌というやつで、ミレットにしては頼りになる姉代わりであったがアサにとっては大変な親分だったのだろう。
 しかし、それでも最近は大人らしく女性らしくなり、婚約の話しも出てきたほど成長をしたわけで。
 一方のアサは未だ変わらず、このままの思慮深い性格を引きずってしまっているようであった。

(好きなものだと何も考えず一直線になるんだけどなぁ…)

 と、そんなことを考えながらミレットはアサを見つめる。
 彼女は未だ彼から一直線になるくらい必死になってもらったことがない。
 そして、いつかはそうなってくれたらと、仄かな想いを寄せている。
 勿論、それはいくらアサにでも語れない想いでもあるのだが。








2017/04/18(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は252〜










 翌日の朝。
 ミレットたちは昨夜、結局アサの容体が良くならなかったために水祭へは行けなかった。
 そのため今日こそは行かなくてはと朝も早くから屋敷を出ることにしたのだ。
 でなければまたアシュレイが腕によりをかけてテーブル一杯のご馳走を用意してしまいかねない。

「また夕食のときみたいに食べてきたって嘘つくのもかわいそうだもんね」

 昨日の夕食時はミレットの言う通り外食をして済ませたと嘘を言っていた。
 おかげで夕食抜きとなっていた二人は逆に程よい空腹に襲われている。

「今日こそは食べて飲んで、祭を楽しまないとな」
「食べてばっかで太りそうだけどね」

 そう言うと二人はアシュレイに置手紙を残して、日も明けないうちに屋敷を飛び出していった。





 ラッハタの都市部に入るとそこは既に祭の活気を見せていた。
 近くの畑や農場から作物が集まり、それらを露店に並べているところ。
 都市の中心――ケモチ川へと向かうにつれてその賑わいは更に増していく。
 通りに並ぶのは露店だけではなく様々な芸を繰り広げる道化師たちや動物の姿も見られる。
 中にはもう既に酒を飲み始めていたり、大会のために踊りの練習をしていたりする者の姿もあった。
 街全体が祭の会場となっているようだった。

「これでも王都で行われる生誕祭に比べたら全然小規模って言われるんだけどね」
「三大祭とは謳われるけど、あの祭りとは比べるのが間違いだろ。それに、俺はこっちの方が一体感があって好きだけどな」

 このラッハタの水祭での一番のイベントと言えば、それはケモチ川に掛かる大橋の上から色とりどりの花で出来た船を流す“花送りの儀”だ。
 かつては一部の村々でしか行われていない祭の風習であったが、古くは国全体で行われていたものだとしてラッハタの水祭でも復活したのだ。
 大橋やその川辺には沢山の人で溢れ返り、予め用意されてある花輪を一斉に川へと投げる。
 大河は瞬く間に彩溢れる花で埋め尽くされ、花の川が出来る。
 花輪が沈まずに流れ続けるほどその者は幸運に恵まれるとも言われ、また数多の花が流れるその光景は圧巻であり、このイベントのためだけに遠路はるばるやって来る者も多い。



2017/04/11(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は251〜 今日の気分次回更新は18日(火)予定です






 思い出すのは決まっていつも、母が罪を犯し処断されたという事実と、そのことで苦しそうな顔をしている。だが覚悟に満ちた父の横顔。
 トラウマによる部分的な記憶の欠落。彼女はそれを悔しく思うも、ありがたくも思っていた。
 話によると父バーンズは子供たちが目撃している中で母マリアンヌを処断した――手に掛けたと聞いていた。
 もしもそのときの記憶が残っていたならば、きっと自分は父を許さず憎んでいたに違いない。
 何せ、今もその事実を聞いただけで少なからず実父に嫌悪のような憎悪のような感情を抱いているのだから。

「そう思い詰めるなって。辛かったら無理して思い出す必要はないからさ」
「うん…」
「俺だって幼少期の記憶思い出せって言われてもほとんど思い出せない。けど辛いなんて思わないし、だから哀しいことでもないんだからな」

 大切なことは過去の記憶ではなく、これからの思い出作り。
 だから必要なことは記憶を思い出すことじゃなくて、父親と仲良くなることだ。
 ラッハタへ訪れる前もアサは何度もそう言って励ましてくれていた。
 だからこそミレットは此処まで帰って来ることが出来た。
 アサがいなければ何も出来なかったし、何もしようとは思わなかった。

「うん、ありがと」

 本当に頼もしい人だ。ミレットは心の底からそう思い、寝転んだ体勢のままアサの横顔を見つめた。
 彼といれば父ともまた会話が出来るようになる。
 明日には父も入れて四人で夕飯を食べられるかもしれない。
 そんな前向きな夢を描きつつ、ミレットは自然とアサの手に触れた。



 しかし、彼女はまだ知らなかった。
 彼女が夢見た明日はまだ遠い先の話しになるということを。
 明日、何が起こるのかということを。







2017/04/11(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は250〜







 アシュレイの張り切りようにどうしようと思っていたミレットたちであったが、思いの他料理は帰宅するなり直ぐ出来上がり、それでも豪勢な昼食を頂くことになった。

「まだ腹きつい…」
「凄い量だったもんね」

 アサはそう言いながらベッドに横たわり、腹部を押さえ続けている。
 本来、食後直ぐ横になるのは良くないと忠告したいところであったが、今回は仕方がないとミレットは思う。
 何せアシュレイが用意した昼食というのが、三人分にしては多いものであったからだ。
 しかし腕によりをかけて作られただろう料理を残すことは、満面の笑みを浮かべている彼女の手前難しい――というよりも無理な話で。
 そこで唯一の男性であったアサが二人以上に食事を平らげた、というわけだった。

「大食い大会があったら優勝できたかもな…」
「あはは、大げさな」

 と笑い飛ばしたミレットだったが、その反面ではあり得るとも考えてしまう。

「とりあえず、アサの調子が良くなってから水祭見に行こうよ」
「悪いな」
「アサは悪くないよ。頑張っただけだよ」

 そう言ってミレットはアサが寝ているベッドの縁に座る。
 この客室はアサ用にアシュレイが用意してくれた部屋で、ミレットはミレットの自室で休むことになっている。
 だが彼女としては自室という感覚はなく、妙に広い客室にしか見えなかったため、アサを見舞う意味も含めてこの部屋にいた。

「…自分の家に帰って来た感想はどうなんだ?」

 と、突如心の奥を見透かすような言葉を投げかけられ、思わずミレットの動きが止まる。

「思ったよりも懐かしさは感じてる。アシュレイさんの賑やかさを見てると懐かしいなあって思うもん」

 ミレットはベッドの端でアサと同じように寝転ぶ。
 天井を見やり、「だけどね」と付け足した。

「家族との思い出はまだ思い出せない。両親の顔はちゃんと覚えているし、どう暮らしていたかも覚えてるんだ。でもね…楽しかった思い出も哀しかった思い出も思い出せないの」






2017/04/03(月) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は249〜 今日の気分次回更新は11日(火)予定です







 アシュレイの話しによるとミレットの父バーンズは任務で屋敷を出ているのだという。
 それは無理もない。彼はこの東方都市を守るアマゾナイト支部の総大将だ。
 ましてや東方都市最大の水祭が開催されるとなれば、何があろうと赴くが責務。
 数日屋敷を開けている事も昔はよくあることであった。と、ミレットは思い出す。

「毎年ラッハタ水祭の開催中はアマゾナイト軍の支部で寝泊まりしていまして…あ、ですがミレット様が帰って来ると知れば直ぐに戻って来るかと…」

 しかし、ミレットはアシュレイの話しを遮り、彼女の前に立つとかぶりを振って見せる。

「ううん、いいよ。忙しい中来てもらうのは申し訳ないし、水祭を楽しむために来たんだから」
「ミレット…」

 背後からアサの声が聞こえる。彼の言いたい事はわかっていた。
 だが、ミレットは気にすることなく。気にしないふりをして、アシュレイへ笑顔を向ける。

「それよりアシュレイさん。久しぶりにアシュレイさんの手料理が食べたい。ずっとエナバに揺られてて大した食事もしてなかったし」

 するとアシュレイは急速に顔を紅くさせ、目頭を熱くさせてミレットを見つめる。
 余程嬉しかったのだろう、何度も頷き彼女の両腕をがっしりと掴みながら言った。

「お任せください!ミレット様のために全身全霊を込めて作ります!!」

 それからアシュレイは急いで何処かへと走り出していく。
 どうやら善は急げとばかりに食事の買い出しへ向かうようだった。

「アシュレイさん…あるもので大丈夫だよ、まだ朝だし」
「いいえ、ミレット様とご親族様にまかないのような食事を提供するわけには参りません!今すぐ調達して来ますので、それまで少々お待ちください!」

 そう言うと彼女は来たばかりのミレットたちをそのままに、屋敷を飛び出してしまった。
 残されたミレットとアサはぽかんと口を開けたまま、アシュレイが出て行った正面玄関を見つめる。

「あの調子じゃあ朝ごはんじゃなくて、昼どころか夕食になりそうだぞ」
「そうかも…」

 水祭の露店で夕食を済ませようと考えていた二人は、どうしたものかと苦笑を浮かべるしか出来なかった。