るい栞愛

しあわせになれ

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交換日記レンタル - nikkijam

2017/09/09(土) るい
タイトル 5-15 かみあわない理由(2) 今日の気分終わります


「感心してるところ悪いんだけど、もうすぐ終わりそうだから、るいの意見を聞いておきたい」
「ロールキャベツ男子について?」
「違う違う。もー、普段そんなことないのに、変なとこ天然だね、るいって」
苦笑いとため息を同時に吐き出して、彼女は困ったように眉を寄せる。
「その年上キラーのロールキャベツ男子を私に紹介してくれるから、一緒に遊園地まわろうっていうお誘いについて、でしょ」

るいが栞愛に言われたことを頭のなかで反芻しているあいだに、ボックスはゆるやかに下降を始めて、最初と同じ、がくん、という振動と共に停止した。
「一緒にまわる、なんて話になってんの?」
「静かだな、とは思ったけど、まさかそこまで聞いてなかったとは思わなかったよ」
から笑いの栞愛に、るいは素直に「ごめん」と謝る。
「ええと、どうしよっか?」
「……私は、るいがそうしたいなら、そうしてもいいよ」
音楽が止まったほんの僅かな空白のおかげで、小さな声でもはっきり聞こえた。
「それ、つまり俺が決めていいってこと?」

係員がボックスの扉をあけにくる。
栞愛が頷いた。
先にボックスを降りていたらしいふたりが、にぎやかな声をあげながら近づいてくる。

「いうらー」
るいは軽く片手をあげて応じて、そのままその手で栞愛の手をとった。
栞愛がこちらをみた気配があった。

「おねーさん、地上にいた男の子ふたりぐみ、見えました?右にいたのが、年上キラーなんだけど、」
「それさ、ロールキャベツ紹介してくれるってヤツ」
「ロールキャベツ男子」と小声で栞愛が言ったけれど、今度は聞こえなかったふりをする。
「せっかくだけど、俺寝取られ趣味ないから、カノジョに男紹介されるのはちょっと」
ふたりはきょとんとしただけだったから、「え?」と最初に聞き返したのは栞愛だ。
でもるいは今回も聞こえないふりをした。
「そんなわけだから、みんなでまわるのはまた今度ってことで」

じゃあね、と一方的に告げて栞愛の手をひっぱる。
背中越しに聞こえた声が、抗議だったのか冷やかしの歓声だったのかは、迷子を告げるアナウンスが重なってわからなかった。

2017/09/09(土) るい
タイトル 5-15 かみあわない理由(1) 今日の気分続きます


彼女たちはなんていう名前だっけ。
そんなことばかり思い出そうとしていたせいだ。気づけば彼女たちはいつの間にかロールキャベツがどうの、という話をしていた。
とても料理をしそうにないふたりから、ロールキャベツという単語がでたの正直意外だった。人を見かけで判断するのはやっぱりよくない、のかもしれない。料理でもなんでもこなしそうなのに…という沙和の例だってある。

見当はずれの境地にるいが達したころ、彼らの順番がまわってきた。
「とりあえずあとでー」というふたりに見送られ、るいは栞愛と狭い座席に並んで座って、ようやく彼女の異変に気づく。
さっきまでとあからさまに雰囲気が――もう少し踏み込むのなら、テンションが落ちてる。

「どうした?」
るいの問いかけに栞愛は一瞬物言いたげな表情を浮かべ、結局、首を振った。
「んー…ううん、なんでもないよ」
「何でもないって顔じゃないけど、」
追及の言葉にかぶせるように、やけに陽気な音楽が鳴り始める。
がくん、と小さな振動。ゆっくり回転をはじめていたパステルカラーの箱が重たげな音をたてて浮かび上がる。

るいたちから3つくらい離れたピンク色のボックスで、名前のわからない元クラスメイトたちが地上に向かって大きく手を振っている。
地上では連れとみられる男ふたりが、スマホを片手に手を振り返していた。

「……どっちだろう、」
「ん?」
るいと同じ二人組をみていたと思しき栞愛が、浮かない調子のまま呟く。
「さっきあの子たちが言ってた、ロールキャベツ男子」
「ロールキャベツ?」
「るい、聞いてなかったの?」
「いや、ロールキャベツって単語は聞いてたけど。やっぱり作るのは男なの?」
「たぶん気づいてると思うけど、全然かみあってないよね」
回転に加えて上下に揺れる箱の中で、るいは栞愛に身体を向けた。
「かみあってないんだ」
「残念ながら、そうみたい。説明するには、まずロールキャベツ男子って単語をるいが知ってるかどうかが重要なんだけど」
怪訝そうなるいの顔で、栞愛は察してくれたらしかった。
見た目は草食っぽいのに、実は肉食の男をそう呼ぶらしい。草と肉からロールキャベツ…言われてみればなるほどと納得してしまうけれど、よくそんなもの考えつくものだ。

2017/07/20(木) 栞愛
タイトル 5-14 迫り来るふたり(3) 今日の気分終わります。


帽子を被っているほうの子が栞愛をはっきり見た。
「おねーさん、あたしたちより年上ですよね? 今日の連れに年上キラーいるんで、紹介しますよ」
急に話を振られ、栞愛は一瞬、言われた意味がわからなかった。『よかったら』じゃなく『紹介します』なんだ、紹介することは確定事項なんだ、と変なところで頭が働いていた。
コートの女の子が訳知り顔の笑みを浮かべた。
「顔かわいいけど肉食? みたいな? 古い言いかただとロールキャベツ男子?」
それな、と言い出した女の子が軽快に反応している。

栞愛はるいと手をつないでいなかったことを後悔した。つないでいたら、その手をぎゅっと握ってこの言いようのない不安を伝えることができたのに。

2017/07/20(木) 栞愛
タイトル 5-14 迫り来るふたり(2) 今日の気分続きます


るいと彼女たちが制服を着て同じ教室にいるところを想像してみた。サッカーに打ち込んでいたるいと、見るからに遊びに興じていそうな彼女らとは接点がなさそうに思えた。栞愛の直感は当たっていたようで、特に喋ったことないけど、と興味なさそうなるいの声が隣で聞こえた。

栞愛もまた学生時代にああいう雰囲気の子がいたな、と懐かしく思った。課題は及第点すれすれで仕上げ、サークル活動や遊びやその費用を捻出するためのアルバイトに勤しむ女の子たち。自身は金銭面で困ったことはなかったので、その一生懸命さが羨ましくもあった。絵に描いたような青春を謳歌しているように映ったのだ。
目のまえのこの子たちもそしてるいもそんな大学生活を送るのかな、と思わされた。なんとなくしか描いてこなかった未来が、いきなり服を着て現実に現れたような、見せつけられたような気分。


「井浦」

ふたりのうちの片方が声を掛けてきた。呼ばれたと思ってびくっとした栞愛だったが、るいの姓もそういえば井浦だったと思い当たる。
「やっぱり井浦だった。ねー、こんなところで会うなんてびっくり」
「うちら四人で来ているんだ。よければみんなでまわらない? 大勢のほうが楽しーし!」
「ペアのバリエーション増えるし?」
「それな!」
迫り来るふたりに栞愛は圧倒されていた。初対面で遊園地を一緒に過ごすなんて考えられない。それ以前に、せっかくのるいとのひとときなのに――。


こちらが戸惑っているのを余所に、ふたりは一方的に話を続けている。るいと同じ大学に知り合いがいるから単位が取りやすい履修科目を教えてもらえるから今度会おう、ととんでもない広がりをみせている。スマートフォンのアプリでメッセージを送っているところを見ると、まるっきり嘘でもなさそうで、善意からの誘いとわかると栞愛としても強く拒むことができなかった。

2017/07/20(木) 栞愛
タイトル 5-14 迫り来るふたり(1) 今日の気分続きます


準備運動なしにプールに飛び込んだら足が吊るよね、とわかるようなわからないような喩えを挟んで栞愛が最初に選んだのは、上下運動のある箱型の乗り物だった。二人ずつ横並びに座る屋根のないゴンドラが支柱につながり、放射線状に展開している。時計回りに大きく回りながら上がり下がりを繰り返すというもので、ジェットコースターよりは刺激が軽そうだ。

「これならカチューシャも飛ばないしね!」
栞愛は考え抜かれた選択であるかのように得意げに言った。
「なにがなんでも付けさせる気なんだ?」
「だってるい、外したらもう付けないとか言いそうで」
「……列、動いたよ」
軽く背を押するいの表情を幾度となく窺う。見るからに嫌、という顔でもないので、この件についてはこちらから振るのはもうやめようと思った。


一度に大勢が乗れるので自分たちの順番もすぐに来るかと思われたが、乗り物が動きだしてから止まるまでの時間もあって、最初の予想よりは待つこととなった。今進んだ列も栞愛たちの直前で座席が埋まり、乗るのは次の回になった。
程なくして乗り物が起動し、乗客たちの悲鳴ではなく穏やかな歓声と笑い混じりの話し声が風に乗ってこちらまで届いた。気持ちよさそうだね、と栞愛が振り返ると、るいもそこは頷いてくれて、乗るまえから嬉しくなる。

と、そのとき、るいを見つめる視線が他にもあることに気づいた。
オフホワイトのスプリングコートのまえを開けて羽織った派手めの顔立ちの女の子と、カーキのジャケットに黒のニットキャスケットを合わせた、こちらも一見モデル風とも思える整った顔の女の子だ。おしゃれにこだわりがあって遊び慣れている雰囲気が遠めにも見て取れる。栞愛はしばらくのあいだ、その二人組に目を奪われていた。

「あいつら……」
「るいの知っている人?」
るいがそれに気がつかないはずはなかった。同じふたりを見ているとわかると、栞愛もるいと並んで改めてふたりを見た。ただ眺めているのもどうかと思い浅く会釈をすると、向こうのふたりも首から上だけをぎこちなく動かして頭を下げてみせた。
「同級生。元・同級生か。クラスが一緒だった」
「なるほど」

2017/06/12(月) るい
タイトル 5-13 定番すぎるアイテム(2) 今日の気分終わります


「これでいい?」
質問したくせに、るいの返答を待たずに、栞愛が犬だかクマだかの耳と変なぬいぐるみがついたカチューシャを手に取った。
「え、」
「私、こっちにするね」
「え、ちょ、」
「すみません、これと、あとこれもください」
なんの迷いもなく、彼女はるいに勧めたカチューシャ以外に、猫の耳とリボンがついたカチューシャと、パスポートをいれるにはずいぶんと大きい色違いのパスケースをふたつ取り、会計を済ませてしまった。

「すぐにつけられますか?」
ワゴンの店員は栞愛が頷くのを待って、手慣れた様子でタグを切り落とす。

「はい、こっちるいの」
「え、いや、ちょっと待って、」
押し付けられたカチューシャに戸惑ってる間に、彼女は自分のカチューシャとパスケースをつけて、ついでにもう片方のパスケースをるいの首にかけた。

「そっちも、はやくつけて。つけたら走るからね」
「つけないほうが走りやす、」
「人からもらったものに文句いわないの」
はやくはやく、と再び足踏みをはじめた栞愛に急かされて、るいは結局カチューシャを頭にのせた。

「……なあ、栞愛、」
「なに?」
「惚れた弱み、って知ってる?」
「え?」
「ま、いいや。急いで行くんだろ?」
ほらほら、と今度はるいが急かすと、彼女はほんの僅かな逡巡のあとで走り出した――片手で、カチューシャが落ちないように抑えながら。
「…やっぱりそれあると、走りにくいんじゃん、」
「え?なにか言った?」
「ポップコーン食いたいな、って」
「絶対そう言ってなかったと思うけど、あとで買ってあげるね」
「できれば、へんな入れ物じゃないやつがいい」
さっきの店の隣に並んでいた、かさばって持ちにくそうなケースを思い出して、ポップコーンじゃなくてホットドッグって言えばよかった、と思ったけれど。ふふ、と嬉しそうに栞愛が笑ったから、たぶん、今日の帰りまでにはもうひとつ余計なものが増えるんだろう。

2017/06/12(月) るい
タイトル 5-13 定番すぎるアイテム(1) 今日の気分続きます


ゲートをはいってすぐのスーベニアショップやレストランには目もくれず、はやくはやくとパークの奥へるいを急かしたくせに、ポップコーンの屋台の隣にある、小さな出店の何かが栞愛のアンテナにひっかかったらしい。
先ほどまでのるいたちのように足早に移動する人の波が、彼らを追い越していく。

「どうしたの?」
栞愛の横まで戻って尋ねると、彼女は腕組みをしたまま「うーん」と小さく唸って。
「ねえ、やっぱり、ああいうの必要だと思う?」とワゴンの商品を指さした。
彼女の指す先にあるのは、このパークを一歩でも出たら二度とつける機会はなさそうなかぶりものの類と、やっぱりここ以外での使い道は考えつかない派手なカードケース――一日パスをいれるものなのだろうが、どう考えてもサイズが大きすぎる。

彼女がどっちを指しているのか判断しかねたまま、るいは栞愛に視線を戻した。
「欲しいの?」
「欲しいっていうかさ、」
「欲しいなら、買えばいいじゃん。栞愛の部屋からあふれでてるダンボールの中身より、絶対値段安いし」

呆れたようにるいを見た栞愛が、小さく首を振った。
「実は、値段の問題じゃないんだよなあ」
「そうなの?」
「そうなの。るい、どれがいい?」
「は?俺?…別にどれもいらないけど」
「ね、それなんだよ」
「え?どれ?」
「そういうと思ったんだ」と小さく呟きながら、栞愛がワゴンに向かって歩き出したから、るいは慌てて彼女を追う。
「こんなの、私がひとりでつけてても意味ないと思わない?」
「意味があるかはわからないけど、好きならいいんじゃない?」
「だから、」
困ったように眉をよせたあとで、栞愛は小さくため息をつく。
「いいや。るい、どれがいい?」
先ほどと同じ質問を繰り返されて、今度はるいが困る番だ。
ワゴンの商品をちらりと見てはみたものの、たぶん欲しいモノはひとつもない。
「…どれもいらな、」
「質問をかえよう」
かぶせ気味にそう言って、栞愛が人差し指をたてた。
「今日一日、どうしてもどれかひとつ身に着けないといけないとしたら、どれ?」

2017/05/17(水) 栞愛
タイトル 5-12 電車のなかで(3) 今日の気分おわります


入場ゲートに向かう道すがら、るいは約束通り栞愛に先ほどの行動の説明をした。俺の気のせいかもしれないんだけど、と前置きをして。
「前の男が栞愛の脚、見てた。気づかなかった?」
「全然。あ、でもずいぶん下ばっかり向いてるから首痛くないのかなあとは思った」
今日の栞愛の服装はショートパンツではあったが、黒いタイツも履いていた。女子高生のように素足だというならともかく、人の視線をさらうような艶めかしさはない。

「呑気だなあ」
るいはため息をつく。
「気をつけなよ。いつも俺がいられるわけじゃないんだし。……あたりまえだけど」
そこまで言われて、いろいろなことに気づく。るいが膝にコートを掛けてくれたのは、男からの視線を遮るため。電車を降りるまでこのことを黙っていたのは、気分を害したまま男と同じ電車に乗り続けるのを避けるため。

「るいはできる男の子だね」
噛みしめるように、栞愛はそっと伝える。
「そういうんじゃなくて……」
「うん、そういうつもりじゃなかったとしても、守られたみたいでちょっと嬉しい。ありがとね」

重くならないように、負担にならないように。るいがくれた気配りと同じだけの大きさで感謝を告げ、栞愛は胸にこみ上げたやっぱり好きという想いにいったん蓋をした。

2017/05/17(水) 栞愛
タイトル 5-12 電車のなかで(2) 今日の気分つづきます


遊園地の約束の日、栞愛とるいは駅で待ち合わせをした。桜が開花したとはいえ朝晩はまだ寒い。るいと並んで座席に座ると、足元からの暖房が暑く感じられて、栞愛はコートの前ボタンを外した。

「このまえはごめんね。パパが変なこと言って。パパでもあんなこと言うんだ、ってなんかショックだったよ」
るいは普段と変わらず、落ち着いている。誠人が問題発言をしたあの場でもそうだった。
「あのくらい、どこの親でも言うんじゃないの? とうさんは静かなほうだと思ったけど」
「うちのパパに限ってそんなことは言わないと思ってたんだ。だから」
「栞愛が家からいなくなって、こう言ったらなんだけど、少し老け……気弱になってるかもね」
やっぱりそう思った!? としっかりるいのほうを向いた栞愛だったが、距離の近さに我に返った。ここは電車のなかだった。そっと視線を外し、正面に立つ乗客へ移す。どこにでもいるような格好の自分より年上の男が吊革につかまって下を向き、同じ場所をずっと見ている。

「家に戻ったほうがいいのかなあ」
「は? それマジで言ってんの? 引っ越してから何ヶ月だっけ? 二ヶ月? 三ヶ月?」
「だよねー。長めの家出か! って私なら突っ込む」
力なく笑っていると、るいがコートの裾を合図のように小さく引いた。なんだろうと思っていると、耳に顔を寄せてくる。
「話変わるけど、コートの前、閉じる気ない?」
ささやかれても、栞愛は怪訝な顔をするしかない。話を合わせてささやきで返した。
「え、なに急に。意味わかんない。だって暑くない? 車内」

栞愛の言うことはもっともで、るいだって栞愛と同じようにコートの前を開けている。そういうことなら、とるいは立っている人も多い混雑した車内で座ったまま器用に身をひねり、自分のコートを脱ぐと、栞愛の膝のあたりに放った。
「えっ、えっ、どうしたの」
「だから。暑いな、って話」

るいが少ない言葉でやりすごそうとするものだから、栞愛もさすがにおかしいと思った。露骨にじっと見てやった。これにはるいもさすがに観念したようで、着いたら話すよとこれまた短くまとめてしまった。

2017/05/17(水) 栞愛
タイトル 5-12 電車のなかで(1) 今日の気分つづきます


「るいくん、かんなちゃんに鍵を借りにいったんだって?」
「あー、うん。そうなの」
誠人と住んでいた家に連絡なしにふらりと立ち寄ると、木村から連絡を受けていたのだろう、誠人が玄関先まで飛んできた。あの日、るいが栞愛のマンションに来たのは栞愛の嘘の誕生日を祝うためだったが、るいはそこまで話してはいないはずだ。
閉め出しを食らったるいに渡した井浦家の鍵を返してもらいにきた。その立場になって初めて気づいたのは、手元に鍵を持たないのはとても不自由ということだった。帰れる家があるのに帰るためには事前に伝えないと入れない、いや、入れてもらえない。鍵のないまま過ごし、特に不満がありそうでもなかったるいのことを思った。彼にとってこの家はどういう存在なのだろう。

「弔事はもう落ち着いたの?」
「弔問はね。時期をみてまた昔の仲間と行くことになるかもしれない」
リビングに通され、木村の淹れた紅茶をもらう。
「でもいろいろと考えさせられたよ。家族とか、後継とか」
「そうなんだ」
「かんなちゃんの旦那様が井浦のグループを継ぐのかな……とかね」
もう少しで紅茶をこぼすところだった。栞愛が顔をあげると、るいが入り口に突っ立っていた。外出から帰ってきて話し声がするからリビングを覗いた、そんなところだろう。
「孫の顔も見たいし」
ただいま、とるいの声が響いたのは、誠人のその発言の直後となった。