るい栞愛

しあわせになれ

2018年06月の交換日記

2018/06/29(金) 栞愛
タイトル 5-18『離れてから気がついた』(7) 今日の気分終わります


るいからの食事の誘いなんて珍しい。もちろん返事はイエスだ。栞愛は笑みを抑えられない。
次の話題に移っても、目当ての乗り場に着いても、頬が緩みっぱなしだった。
「ニヤけすぎなんですが」
「それはだって、気づいてないと思うから言うけど」
るいの視線を感じながらも栞愛は正面を向いたまま指摘する。
「たぶん初めてだよ。理由もなしにるいから誘ってくれたのって」

2018/06/29(金) 栞愛
タイトル 5-18『離れてから気がついた』(6) 今日の気分続きます


栞愛はるいの数歩後ろで足を止めていた。園内ガイドで顔を覆っている。肩が震えていた。
なにそれ笑っちゃうような誤解! と言いたかった。だからるいはどこか冴えない顔つきだったのか。憂いをぬぐい去ってあげたいけれど、なにか答えたら、このるいの優しい声が途絶えてしまう。あと少し、もう少しこのまま……。
ためらいがちに一度、頭をぽんと叩かれた。
「顔、あげてよ」

栞愛は隠れるのを止め、言われたとおりにした。いつもと変わらぬるいの視線を真正面から受けとめる。ただそれだけのことにどきどきしている自分を感じる。
「パパのことは好きだけど、るいの想像するような『好き』じゃないよ」
「……そう」
「嘘じゃないよ」
「誰も嘘だなんて言ってない」
栞愛はるいの手を取り、指を絡ませる。
「私の好きはもっと別のところにあるんだから」
そうして、わかってよ、とばかりにるいの足を蹴る真似をした。あくまでも真似だった。
るいの反応はこうだ。
「あのさ」
「うん」
よさそうなアトラクションが視界に入ってきたが、るいの話を遮りたくない。まずは話を聞いてからだ。
「今度、ご飯でも食べにいかない?」

2018/06/29(金) 栞愛
タイトル 5-18『離れてから気がついた』(5) 今日の気分続きます(小間切れすみません


「ねえ、ごめん。よくわかんないんだけど。私、なにか悪いことした?」
「いや」
「そう。ならいいんだけど」
いっちょここらで激しいのに乗りましょうか、とガイドを開く。そう遠くない場所に手頃なものがあった。
「ねえ、これ――」
「栞愛は父さんのことが好きなの?」
急にるいが言い出した。
「聞き流してもよかったんだけどすっきりしないから。一応、確認入れとこうかなって」
親子としての親愛の話でないことは栞愛にもすぐに理解できた。が、わからない点がある。
「何故にそうなるの? 聞き流すって、なに?」
「さっき言ってたじゃん。『離れてから気がついた』とか恋愛の王道なのに実際はそうならないとか、身内がどうのとか。あれって父親とのことを言っているのかなあ、と思って。母さんとの再婚が堪えたから家を出たの?」
「……」
「言っていいよ。俺、誰にも言わないし」
「……」
「ていうか、俺くらいにしか言えないでしょ」
「……」
「……栞愛?」

2018/06/29(金) 栞愛
タイトル 5-18『離れてから気がついた』(4) 今日の気分続きます


「遊園地でデートする意味がわかった。男の子も女の子も、あれ乗っていい? これ乗りたくない? って聞いて、相手の小さな許可を繰り返していって、あわよくば一番大きいオッケーをもらおうという算段なんだ。だってそうでしょ? こんなことしてたら、『つきあうのくらいまあいっかなー』って思っちゃうじゃない?」
栞愛の言い分にるいが一瞬目を見開く。が、すぐに顔を背けた。
「そういうの……言う相手は選んだほうがいいんじゃない?」
「え」
どうしてそんな、窘めるようなことを言うのだろう、と栞愛は不審に思う。
「選んでるよ。相手がるいだから言ってる」
まっすぐに言ったつもりだ。
「るいにしか言わないよ」
それでもるいはこちらを見ようとしない。なにがるいの機嫌を損ねているのか、栞愛には皆目見当がつかない。
一緒にいて楽しかったのならもっと一緒にいようと口約束する、ただそれだけのことだ。それを告げる機会を、やんわりと閉じられたような気がした。この話題は引っ張らないほうがいいのかもしれない。

2018/06/29(金) 栞愛
タイトル 5-18『離れてから気がついた』(3) 今日の気分続きます


もう一度乗っていいかと尋ねると、るいも頷いてくれた。
「観覧車よりこっちのほうが好きだなあ」
「へえ。ああでも、観覧車は風を感じないから」
「風! そっか。理由までは考えないで言ってた」
係員が安全ベルトの確認を終えて離れる。このあとの動作は知っている。乗っているゴンドラに堅い振動が伝わり、浮きあがりながら時計まわりに流れて進む。通り過ぎる視界。隣にはるいがいて。
「ねえ、るいが近いよ」
初めて乗ったと思われる客が周囲で歓声をあげるなか、栞愛はそんなことを言う。るいは困った顔をしている。
「近い近い。あはは」
「それ、そんなにウケること?」
「るいもなにか言ってよ。おもしろくなくていいから」
意味不明の配慮にるいは苦笑した。
「じゃあ、『栞愛が近い』」
「ですよねー」
ゴンドラはまわりつづける。

そうやって何回か同じものに乗った。栞愛はふらふらになった。さすがにるいもエレベーターに繰り返し乗った日のように足元がふわふわしてきた。

2018/06/29(金) 栞愛
タイトル 5-18『離れてから気がついた』(2) 今日の気分続きます


「なにを頑なになっているのか知らないけど、たまに顔見せるくらいいいんじゃ? 親子、なんだし」
「……そっか」
頑なになっているのはるいにも気づかれていた。しかし、その理由は見当がつかないと明言された。栞愛が家を出ることでなにか感じるものがあってくれたら、というるいへの期待はただの期待のまま潰えていくしかなさそうだ。
「『離れてから気がついた。とても身近な存在だった』って恋愛ものの王道パターンなのに」
「っていうか、身近以前に身内だから」
「現実はままならないね。あー」
味の濃いうちにジンジャーエールを飲みきり、園内ガイドを開く。作戦変更といきたいところだが、次なる手などそうそう思いつかない。この嘘のバースデーデートが終わったら、大学生になりたてのるいとはなかなか会えなくなるーー焦るばかりだ。
そんな栞愛にるいが案ずる視線を投げかけていることなんて、当然気がつかない――。


アシカのショーを観たあとに立ち寄ったアトラクションは思いがけず楽しめた。小さなゴンドラに並んで座って浮上し、上下運動をしながら旋回するだけなのに、笑顔がこぼれているのが自分でもわかった。

2018/06/29(金) 栞愛
タイトル 5-18『離れてから気がついた』(1) 今日の気分続きます


るいの言った引越時期はもっともで、そこは文句の言いようがなかった。けれども越すなら越すでそれがいつになるのかひとことあってもいいのではないか、と釈然としない気持ちが拭いきれなかった。数ヶ月前の自分のことは棚に上げて、である。
ランチにしようと入った店で注文をすませたあとも、栞愛は言うべき言葉を探して黙りがちだった。


「ポップコーンと土産くらいなら、持っていってもいいよ。今日はもう予定ないから」
るいが言った。なにか勘違いをしている。持っていくという宛ては井浦家のことだろう。
栞愛もそこに乗った。
「いいのー? 安易にそんなこと言っちゃって。私、でっかいぬいぐるみ買っちゃうかもよ!? それをるいは帰り道、抱っこしてひとりで持ち歩くの? 首にはこのポップコーン下げてさあ」
「渡すときは『これを自分だと思って大事にしろ』って言うとか?」
「あ、それやっちゃだめなやつだ。パパ泣いちゃう。私のこと本気で連れ戻しに来ちゃう」
「じゃあ栞愛も一緒に行けばいい」
斜に構えたるいが下から覗くような目で軽く笑ったので、栞愛もそうだねと頷きかけた。が、いけないと口元を引き締める。いけない、つられるところだった。


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