少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

次は 少女


過去の日記
2019年10月(12)
2019年09月(9)
2019年08月(6)
全て表示


メニュー
プロフィール


管理者用
パスワード



count

モバイル

交換日記レンタル - nikkijam

2019/12/10(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は523~ 今日の気分次回更新は17日(火)予定です








「アサくん―――」

 タルクスは流石に不謹慎にも聞こえるその返答を諌めようと声を出す。
 しかし彼の言葉を遮るかの如くアサが先に話す。

「今此処でコイツを恨んだところで何かが変わるわけじゃない。逆にその言葉で喜ばせるだけだ。それに……ようやくあの事故の謎に合点もいった」

 二年前の事故直後。ずっと気になっていた疑問点。
 行方不明者捜索の早い打ち切り。国王騎士隊の介入。非公開となっていく事故の情報。
 それらの腑に落ちなかった点がようやく、彼の簡単な点によって結びついた。
 ただ、こんなにも偶然的で、他愛のない、純粋な悪意が原因だったとは流石に予想もしていなかった。



「はは、は…何腑抜けたこと言ってんのさ…ここで民たちを代表して一発殴れば君は英雄になれるかもしれないのにさ…ほらほら、諸悪の根源に…正義の鉄槌を落とせば良いじゃないか」
「…ッ」

 ビオ=ランの吐く言葉にアサは思わず拳を握り締める。
 脳裏に、あのときの光景が過る。
 大河へと叩きつけるように落ち、仄暗い底へと沈んでいく感覚。
 何も出来ない恐怖。助けられなかった人たちへの後悔と、助けた少女の言葉が、鮮明に蘇ってくる。
 死の恐怖、その憤りが頭を過っていく。






2019/12/03(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は522~ 今日の気分次回更新は10日(火)予定です









「二年前…ちょっとした息抜きというか、賑わいの腹いせにね橋の一部を溶解したんだよ。そしたらまさかあんなにも凄い崩壊が起こるなんて思わなくてさ」

 大傑作だったけどね。そう付け足して笑うビオ=ラン。
 その笑みはとても愉悦のようで、歪だとタルクスは人知れず息を呑む。

「ただ後始末が大変だったみたいでさ、情報操作とかもみ消しとか…お陰で恐ろしい程あの人に怒られちゃって。まあそれが切っ掛けで『アドレーヌ』の反応が見つかったんだから感謝して欲しいくらいなんだけどね」

 淡々とそう語るその口振りに嘘偽りは感じられず。事実だったとしてもまるで娯楽のように面白おかしく話す彼に、少なからずタルクスは具合が悪くなるようだった。

「ラッハタ水祭の大橋崩落事故―――あれは沢山の人が亡くなり、行方不明となった痛々しい事故だったんだよ…それを、君は……」
「ああそうだよ、やったんだよ、この手で。ボクが! それでも…君はボクを恨まないのかい…?」


 時は、もう直ぐ満ちる。
 間もなく計画は、始まる。
 後は彼から憎悪の、嫌悪の、厭悪の言葉を聞けばもう、満足だ。
 ビオ=ランの口元が、僅かに緩む。

「恨まない」

 またしても想定外の返答に、彼の口元から笑みが消えた。






2019/11/27(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は521~ 今日の気分次回更新は12月3日(火)予定です








 その一方。
 アサの行為を素直に受け止めたくない人物が低い声を出し、反論する。

「何もしないってのは返ってムカつくね。バカにバカにされている気分だよ…」

 真っ直ぐに見つめてくるアサを、必死に睨み返すビオ=ラン。
 しかし怒り心頭で何も見えていないわけでなく。むしろこの敗北によって自分の『やるべきこと』がはっきりとしている分、いつになく恐ろしい程に冷静でいた。
 彼は怒りと憎しみを滲ませながらも、静かに呼吸をし、出来る限りの時間稼ぎをする。

「ボクは恨まれる方がむしろ気が楽なんだよ。憎しんで悔しんで屈辱にその顔を歪ませてよ」
「なってやらないよ」

 迷わずに即答するアサ。
 彼もまた、ビオ=ラン以上に冷静で、その双眸には冷たささえ感じられた。



 あと少し。
 あともう少しだけ、時間が稼げればいい。
 ビオ=ランは尚も口を開く。




「じゃあ……ボクがあの東方都市の大橋の事件をやったって言ってもかい?」

 僅かな反応を見せるアサ。
 タルクスもまた驚きに再度目を開き、声を上げる。

「まさか…?」
「こんなに追い込まれてるこの場面で嘘なんかついても得なんてないでしょ」

 ヘラヘラとした笑みを浮かべながらビオ=ランはそう語る。
 彼の言う通り、こんなときに下手な嘘など意味がない。
 だが真実だとしても、それはあまりにも唐突で、受け入れがたいものだった。





2019/11/19(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は520~ 今日の気分次回更新は26日(火)予定です




「冤罪で指名手配なんて理不尽にも程があるし、許せない事もあるのは確かだ。けどそれも含めて…今は、此処まで来られて良かったって、俺は此処にいて良かったんだって思えるようになったんだ」

 自分の居場所も、価値も、色々と奪い去ったことは事実で、未だに癒えない心の傷があることにも変わりはない。
 だが、幸いにも怪我なくこうして生きてはいる。
 むしろこの痛手があったからこそ、落ちるとこまで落ち込んだからこそ―――こんなにも吹っ切れることが出来たこともまた、事実なのだ。
 驚いたままの二人を後目に、アサは続けて話す。

「だから俺はアンタのことを感謝なんか絶対してやらないし、だけど恨みもしない。してやらない。アンタを糧にして笑うだけさ」

 と、柄にもないことを喋り過ぎた気がして、アサはそっぽを向き、誤魔化すように頬を掻いた。



 思いもよらなかったアサの言葉に驚きを隠せないタルクスは閉口し、ただただ彼を見つめる。
 確かに出会った当初から自身への危機感が薄く、何処か他人事のように見ている冷製さも彼にはあった。
 実際はただの『夢見少年』だったから。という結論に至ったわけだが。
 だからと言って、命拾いしたからといって敵を簡単に許せる者が早々いるのだろうか。

(いや、彼のご先祖様はこの懐の深さで女神様を救ったって話だし…あの人が気に掛けてるのも何となくわかるな……)

 感心とも畏怖ともとれるような感情を抱きつつ、タルクスは思案顔を浮かべアサを静観し続ける。






2019/11/19(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は519~







 正直、彼の襲撃さえなければ、今の自分はこんなところにまで追われることにはならなかった。
 罪人という偽りの烙印など押されさえしなければ、いつもの平凡な毎日を送っていたはずだった。
 ミレットやアドレーヌも巻き込まれることはなかった。
 だからこそ、尚更にアサは彼に言いたいことがあった。
 しゃがみ込みビオ=ランの傍へ寄るとアサはおもむろに口を開く。



「…実のところ俺はアンタのこと、そこまで恨んじゃいないんだ。感謝とまでは言いたくないが、近いものも感じている」

 意外な言葉を耳にし、驚きに目を丸くするタルクス。
 ビオ=ランも同じく呆気に取られたのだろう。開いた口が塞がっていない。

「アサくん…それは流石に、人が良すぎるんじゃないか…?」
「バカだよ、ホント…愚かにもほどがあるよ」

 元は敵と味方だと言うのに口を揃えて小馬鹿にされてしまう様にムッとアサは口をへの字に曲げる。
 が、二人が口を揃えてしまうのも無理はない。
 何度も身の危険に遭わされ、命を奪われかけたこともあった。
 そんな恐ろしく悍ましい相手を許すことなど、普通は出来ない。

「ちょっと、ずっと寝込み過ぎて頭可笑しくなっちゃった?」

 真剣に心配そうな顔を浮かべるタルクスへ「そんなことない」と語尾を強めて返し、アサは改めてビオ=ランへと向き直る。



2019/11/13(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は518~ 今日の気分次回更新は19日(火)予定です








「ははは、はは、は…笑わせてくれるよ、ホント人って言うのは愚かだよ」

 二人の会話に割って入るように、突如その声はホールの傍らから聞こえてきた。
 アサたちが視線を向けた先には、仰向けに倒れたままのビオ=ランがいる。

 彼はタルクスよって物質に触れないよう手首を胸元で固定するように拘束されていた。
 先ほどまで浅い呼吸を繰り返すのみであったが、どうやら喋られるまでに回復したらしい。

「平気で虚言を洩らし、簡単に騙す騙される…愚か過ぎてホンッと…大嫌いだ……」

 今までにない、低い声で洩らしたその台詞は、彼の心の奥から漏れ出た本音なのだろうと思われた。
 いつも浮かべていた不敵な笑みもなく、その八重歯を剥き出した口元には憎悪さえ感じられた。
 そんな憎しみに駆られている彼の傍へと、アサは歩み寄る。

「何だい、今までの仕返しにでも来たの? この通りボクは身動きとれやしないしね。やりたきゃやれば良いさ」

 拘束されていようともその口は態度も変えずアサに悪態をつく。
 殴るなら殴れよと言わんばかりのビオ=ランの言葉に、アサは眉を顰める。






2019/11/13(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は517~











 ミレットの演説が終わったと同時にタルクスが安堵の息を洩らし、口を開く。

「どうなることかと思ったけど…何とか俺たちの計画は達成し、王国側の計画は阻止出来たね」

 そう言うと彼は大きく身体を伸ばし、両手を頭上へ上げる。
 ミレットを使って国民、情勢を動かす一方で、王城を占拠し、王やイイヌを政から引きずり下す。
 そうすれば彼らが秘密裏に行っていた“タトミ計画”が遂行される事はない。
 どうやらそればタルクスの考えた“計画”だったようで。アサは彼とはまた別の吐息を洩らした。

「阻止どころか…これじゃあ王国さえなくなっちゃうんじゃないのか?」
「まあ…そうなっちゃうかもね」

 ミレットの生み出した流れは現国王やイイヌの退位だけではなく、王国そのものを覆す―――革命を起こしかねないものとなった。
 このままいけば、民たちはミレットを新たな国の女王に、新王国の誕生を望み謳い始めるだろう。

2019/11/05(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は516~ 今日の気分次回更新は13日(水)予定です



 眩いような閃光に―――目の前が真っ白に染まったような感覚に襲われたのだ。
 そして、次に意識を取り戻したときには、彼女の姿は何処にもなかった。

「何が…起こった…?」

 意識を失ったと言っても、恐らくは一瞬の出来事だったはずだ。
 ならば此処に居なくなったあの美女の姿は幻だったのか。
 そう思いたい一同であったが、あれが現実であったことは、彼らの姿を見れば明らかだった。

「何だ? 鎧が、消えてる…!」
「武器も、拘束用の手枷もなくなってる!?」

 動揺を隠せず声を荒げる騎士たち。
 それは無理もない。女性を拘束していた騎士二人の鎧、手にしていた武器、手枷といった類の装備が全て、跡形もなく消失していたのだ。
 衣服だけの生身となった騎士たちはまるで悍ましいものを観てしまったかのように顔面蒼白となり、閉口していた。
 しかし、その一方で騎士隊長は彼らほどの驚愕はなかった。
 何故ならそうした手品のような神懸ったような現象には心当たりがあるからだ。

「まさか…キエ、だったのか…!?」

 彼は再び騒然となる場の中で人知れず、そう呟き、彼女が消えただろう方向を見やる。
 森林公園の中は木漏れ日を受けた草花が風により静かに、もの寂しく音を立てている。
 そこには人影も、足音さえもない。
 男は、静かに息を呑み込む。

「……一同、この場から撤退だ」

 間もなくして騎士隊長の男は、おもむろに部下たちへそう告げた。





2019/11/05(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は515~








「此処から一刻も早く去らなければいけないのは貴方たちです。お願いします…手遅れにならないうちに、遠くへ…王都外へ逃げて下さい!」

 金髪碧眼の女性は肩を大きく揺らしながら、隊長の男へそう告げる。
 額から滴り落ちていく汗を見るに、相当急いで此処へとやって来たのだろう。表情からも焦りの色が伺えた。

「王都外へとは…それはつまり、王国が終わるかもしれないから我ら国王騎士に此処から逃げろと…?」

 隊長の言葉に女性は強くかぶりを振り「そうじゃないの!」と声高々と言う。

「王国が終わっても“計画”は終わらない。もう始まってしまっている…彼らの“計画”は止められない、止まらないのよ!」

 口早に女性はそう説明するが、隊長の男からすれば全く持って理解の出来ない言葉で。困惑に顔を顰める事しか出来ない。
 と、女性を追って奥から姿を現した騎士数人が彼女を捕え、拘束する。

「すみません隊長! 今すぐ追っ払いますので」
「お願い、放して!」

 後ろ手に捕えられ、抵抗する事も出来なくなる女性。
 
「早くしないと手遅れになる…彼に伝えないと…アサに、伝えないと」

 そう嘆く彼女の頬を伝うものが汗ではないと気付き、騎士隊長は瞳を大きくさせた。

「待て、お前ら―――」

 真実味を帯びた彼女の言動、その涙に、隊長は更に詳しい話を聞くべく女性の拘束を解かせようとした。
 が、彼が口を開きかけたその瞬間。

「……ごめんなさい」

 彼女の呟く声が聞こえた。
 直後、騎士隊長の男は急に意識を失った。

2019/10/29(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は514~ 今日の気分次回更新は11日5(火)予定です




「仮に彼女の言葉が偽りだったとしても国民はミレット・ルーノに集い、国王への疑心は膨らみ…最終的に王は退任せざるを得なくなるだろう」

 隊長が洩らした言葉に部下の一人が反応する。

「それは、アドレーヌ国が終わるということですか…?」
「それがこの騒動を起こした奴らの目的であるならば…そうなるのだろうな」

 その言葉に部下の騎士たちも眉を顰める。
 アドレーヌ王国が終わる。約千年と続こうとしていたこの歴史が幕を閉じる。その先に何があるのか。
 更なる安寧の王国誕生なのか、はたまた嘗て暗黒時代と呼ばれていた時代の再来なのか。
 考えただけでも目の前が真っ暗になり、足元の力が抜けていくような感覚に襲われた。

「そんな…この国の終わりなんて、絶望しかありませんよ!」

 顔色を青ざめる騎士の隣で別の騎士がそう声を荒げる。
 王国がなくなる事になれば、王国騎士隊は間違いなく解体することになる。そうなれば此処に居る騎士たち皆が職を、全てを失う事になりかねないのだ。
 騒然としていた騎士たちは徐々に言葉を失い、その場が静まり返っていく。
 と、そのときだ。

「この先は立入禁止だ。部外者は早く此処から去るんだ!」

 部隊の奥から聞こえてきた叫び声。
 怒声とも取れるその声は徐々に隊長たちの元へと近づき、やがて騎士たちを掻き分けて一人の女性が出てきた。