少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

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交換日記レンタル - nikkijam

2018/12/11(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は417〜 今日の気分次回更新は18日(火)予定です



 冷たい、無表情に見える反面、寂しそうな辛そうな横顔。
 苦しみを必死に隠そうとしているその顔は、以前見たミレットのそれと同じで。だからこそアサは直ぐに彼の隠していた違和感―――表情の変化に気付けたのだった。

「そうかも…しれないわね。こう見えて色々と大変なのよ」
「何が大変なの?」

 即座に質問で返すアサ。子供ゆえの、好奇心からくる質問だった。
 しかし、やんわりと受け流すことも、答えないことも出来ただろうが、彼は躊躇うこともせず、自身の悩みを打ち明ける。
 それは、相手が見知らぬ子供だからこそ、理解が出来ない歳だからこそ、と愚痴のはけ口にされたのか。
 もしくは――“子供だから”とは関係なく、アサとミレットに聞いて貰いたかったのかもしれないと。もう少し大人の思考があったならばそう考えられただろうが、幼い二人には青年の思惑など解る由もなく。
 ただただ必死に、純粋になって彼の話しに耳を傾けるだけであった。







2018/12/11(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は416〜






 青年が“悪い人”ではないと知るや否や、アサたちは早速いつものように鞄から弁当のサンドイッチの入った包みと水筒を取り出し、昼食の準備を始めた。
 片や青年はと言うと、何処か居心地の悪そうな顔を見せている。それもそのはずだ。二人は青年の間近――隣で準備を始めたのだから。

「邪魔なようなら出て行くけれど?」
「え、邪魔じゃないよ。ね、ミレット」
「う、うん」

 先ほどまでの怯えた姿から少しばかり落ち着いた様子のミレットは、アサに話しを振られ、小刻みに頷き答える。

「よかったら…一緒にごはん食べますか?」

 穏やかな微笑みを浮かべて見せるミレット。
 何気ない表情かもしれないが、事件の影響で以前までは決して出来なかった顔だ。
 自然とアサもつられ、笑みを零す。

「結構よ。別にお腹空いてないから」

 変わらず素っ気ない返事と態度。
 遠くを見つめるその横顔は、冷たくも見えるが、やはり何処か寂しそうで。

「ねえ、お兄さんは何か辛いことがあったの?」

 不意に投げかけたアサの質問を聞いた途端、青年はそれまでとは違う――驚いた顔を一瞬だけ見せた。

「…どうしてそう思うの?」
「なんとなく、辛い顔してるから」


2018/12/04(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は415〜 今日の気分次回更新は11日(火)予定です



 アサの指した方に目をやり、ミレットは「あ」と、小さな声を洩らす。
 青年は花畑の中央で寝ていたわけだが、そこは花の咲いていない草むらで、敢えてその場所で寝ていたと思われた。
 また、取り囲むように周辺で咲き誇る花々は、どれも踏み荒らされているどころか踏み潰したという形跡も見当たらず。
 野花にもきちんと目を向けているこの青年が悪い人とは、アサはどうしても思えなかったのだ。

「…意外とよく見てるのね」

 独り言のようにポツリと呟かれた言葉。
 青年の言葉はアサの耳にも届いていたが、皮肉であったろうその言葉に何故か悪い気分はしなかった。
 詳しい顔色は窺えなかったが、彼は深く吐息を洩らした後、指先で乱れていた前髪を掻き上げながら言う。

「そうね。私はこの美しい花畑に迷い込んだただの迷い人よ。だから…貴方たちの言った秘密のお話しは聞かなかったことにしてあげるし、連れ去りもしないから安心しなさい」
 
 青年の見せた、苦笑に近い微笑。
 その表情を見たとき、アサはようやく青年の隠している違和感に気付く。
 それは子供でも分かる、至って単純な彼の心理だった。






2018/12/04(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は414〜




「他人に話しちゃいけないって言われているのなら、例えそうかもって思っていても、口に出しちゃダメなんじゃないの?」

 返って来た言葉は子供にしては優しくもない、辛辣な言葉。
 冷たいとも取れてしまう口振りにミレットは思わず肩を揺らし、「ごめんなさい」と謝罪の言葉を洩らす。
 サバサバとした言いぐさにはアサも表情を曇らせる。が、その人を寄せ付けない言動にアサはどこか違和感のようなものを抱く。
 理由や理屈などはなく、子供ならではの『なんとなく』といった具合だった。



「…それに私が悪い人間だったらどうするの?良い人だと思って近付いたりしたら、貴方たちを連れ去っちゃうかもよ」

 そう言って冷たい視線を向ける青年。
 完全に脅えきってしまったミレットはアサの服の裾を引っ張りながら一歩後退る。
 更に強く服を握り締めると、彼女はアサに訴えた。

「ねえ、アサ…逃げた方が良いよ…」

 しかし。震えるミレットの一方で、アサは全く持って動こうとしなかった。
 逃げる素振りも、怯えた様子さえなかった。
 
「でもさ、この人悪い人じゃないと思うよ」

 平然とした態度でアサはそう告げる。
 困惑顔を浮かべるミレット。何故、と言いたそうな彼女に、アサは青年の足下を指差しながら答えた。

「だってお花畑のお花一つも踏んでないから」




2018/12/04(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は413〜




「あの…貴方は、その…ロゼ、ですか?」

 背後から聞こえてきた、ミレットの質問にアサは目を丸くする。
 その名前は二人だけの『秘密の物語』に出てくる名前であって、他人に話してはいけないと言われている名前だったからだ。

「駄目だろミレット、それは秘密のお話しなんだから」
「でもでも…お話しでよく聞いてたロゼに似てるって思ったから」

 思わず注意をしたものの、ミレットの言う通りアサも内心は彼の持つ独特な雰囲気――まるでこの世界とは違う独特な存在感のようなもの――を感じていた。
 特徴ある背格好と口調の青年。と、父親から聞いていた話の通りの外見もまた、なおのことロゼだと思わせてしまう。
 こんな縁のある場所で出会ってしまったこともまた、そんな運命を感じさせた。
 確かにそれは、父親たちが代々語り継いできたおとぎ話なのかもしれない。真実だったとしても、百年近い時が経過している現在で、未だその登場人物が生きているはずもない。
 だが、いつも語り合っていたおとぎ話の人が、空想だったはずの人物がこの場所にもしも現れたなら。
 この人がそうだったなら。
 そんな期待がアサの中でも芽生える。
 この人はもしかしたら、本当にお話しに出てきた“ロゼ”なのかもしれない。
 アサもまたそう思い始めた、そのときだ。

2018/12/04(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は412〜







(まっくろい人…)

 目元を腕で覆っているため顔色までは窺えなかったが、どうやら眠っているらしく、その人物は異様とも言えるようなほど全身黒ずくめの衣装を纏っていた。
 花畑の彩とは全く別のその黒さは、不気味に焼き付くというよりは美しく映えているようで。美しいというよりは、とても寂しく見えると、思わずアサは息を呑んだ。
 と、アサが更に顔を覗き込もうとしたそのとき。
 麗人はその覆っていた腕を下し、ゆっくりと双眸を開き、アサたちを見た。

「…まさかこんなところで子供に出会うなんて、珍しいわね」

 透き通るような低い声がアサたちの耳に残る。
 そこでアサはようやくと彼が男性であることを確信する。
 体格から男性ではと予測出来てはいたものの、特徴的な色味の口紅を引いていたため、確信が得られないでいたのだ。

「お兄さんは…迷子の人、ですか?」

 静かに上体を起こす青年を警戒しつつ、アサは恐る恐る尋ねた。
 
「迷子、ね…まあそんなとこかもね」

 吐息を洩らしながら青年はそう答える。
 寝起きだからなのか、そもそもなのか、その青年は何処かアサたちを煩わしそうに見ているようで。
 アサは彼の切れ長の双眸を逸らすべく、わざとそっぽを向く。
 と、そのときだ。

2018/11/27(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は411〜 今日の気分次回更新は12月4日(火)予定です




「イノシシ?鹿?」
「いや、人みたいだよ」

 怯えるミレットの顔色はみるみるうちに青ざめていき、全身は恐怖で震えが止まらなくなっていた。
 それは無理もない。この秘密の花畑で獣と遭遇したことは皆無であり、ましてやよそ者など、訪れた痕跡さえ見たことがなかったのだ。
 この場所は聖女によって守られている。他者は入れないようになっている。
 そう勝手に思い込んで想像していたが故に、こんな唐突に現れた人影に、恐怖せずにはいられなかったのだ。



 そんな竦み上がっている様子のミレットを後目に、アサは彼女を自身の背に回して、ゆっくりと、その人影へと近付いていく。
 怖くない、と言えば嘘であったが、震えるミレットを守るため、更にはこの秘密の花畑を守るためならと、アサは勇気を出して、その人物を覗き込んだ。



2018/11/27(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は410〜





 色取り取りの、美しい花たちが咲き乱れる秘密の花畑。
 随分と昔に聖女エミレスが造ったとされる場所。
 ここがどういった経緯で何故造られたのか。それは幼い二人には知らないことであったが、この場所が聖女にとってどれだけ大切な場所だったのかはとてもよく伝わっていた。
 何百年と手つかずである場所なのに、まるで今でも手入れを施されているかのように、花々は美しく、季節に合わせて咲いているのだ。



 そして、花畑に囲まれるように、野原の中央に置かれた角石。
 墓石なのだろうその石には文字が刻まれているが、風化によって文字は薄れてしまっており、二人には読み取る事が出来なかった。
 だが、この場所がこの墓の人のために作り上げられたのだろうと、二人は思いを馳せながら、いつもそんな想像を語り合っていた。
 いつも二人の家系のみが語り継いでいる、女神の物語を語り合っていた。





「ねえ、見てあれ…」

 しかし、この日ばかりはいつもとは違った。

「なんか、あるよ…」

 声を震わせながら、突如ミレットは一方を指差した。
 彼女の指す方向にアサも視線を向けると、其処には――花畑の中央、その草陰に紛れるようにして、黒い影が見えた。

2018/11/20(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は409〜 今日の気分次回更新は27日(火)予定です



 人の通らない獣道を手慣れた様子で進んだ先。山の奥。森のその先に現れる開けた野原。
 原っぱと呼ぶにはいささか小さ目ではあるが、しかし幼い彼らにはとても広い草原で。何より、その草原には目に焼き付くほど、心に残るほどに美しい、色取り取りの花々が咲き乱れていたのだ。
 そこは、かつて誰かが人為的に造った空間――秘密の花畑であった。



「何度来ても凄いキレイだね、ここ」
「父さんも母さんも姉ちゃんもここには子供だけで行くな。他の村人にも教えちゃだめだって言ってるけどさ…この景色見たら何度だって来たくなるよ」

 と、二人は互いに顔を見合わせるなり、クスクスと声を上げて笑う。
 二人は既に何度かひっそりとこの場所を人の目を盗んではやって来ていた。
 だが、その度にアサの両親や姉にばれてしまい、こっぴどく怒られているのだ。
 毎度泥だらけで、毎度夜になるまで帰って来ないのだから、激怒されるのも無理はない話なのだが。
 しかし、何度怒られようともアサは彼女とこの場所に来続けようと決めていた。
 出会った当初はまるで人形の様だった彼女が、今はようやくと笑顔を見せてくれるようになったのだ。声を上げて笑ってくれるようになったのだ。
 それも全てこの花畑のお陰なのだ。
 だからアサは今日もまた、例え両親と姉から雷が落ちようとも、不安がるを彼女連れて此処にやって来たのだった。

「ほら、もっとこっちに行ってみようよ、ミレット」
「うん!」

 二人は手を繋ぎ、花畑の中を歩いていた。





2018/11/20(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は408〜










 暗がりの中、名を呼ぶ声。呼ばれる名前。

「――アサ、アサ」

 意識はゆっくりと、その声の方へと向かい。視界が開けていく。

「ねえ、アサ!」

 大声を上げた幼女は少年の腕を引きながら、不安そうな顔を見せている。

「ホントに行くの?この間勝手に行ってユウお姉ちゃんに怒られたばっかりだよ?」

 時折自身の背後を気にしながら歩いている彼女に向かって、アサは得意げに胸を張って答える。

「姉ちゃんのことなんて気にしててもしょうがないって!いっつもなんでもかんでも怒ってるんだからさ」

 そう言って彼は更に歩み続け、森の中を歩いていく。

「でもでも…ここ危ないから怒ってるんでしょ?」
「そんな危なくないよ。昔は“とうぞく”っていうのが出回ってたみたいだけど、今はアマゾナイトのけいびがちゃんとしてるから心配ないし」

 怯える幼女を安心させようと、その不安を取り払ってあげようと、幼いアサは色々語り続けながら、森の中を更に更に進み続けた。
 手にしていたのは細長い枝のみで、リュックには二人分のお弁当だけが詰め込まれている。
 どこか頼りない装備であったが、アサたちにとってはそれで充分な荷物であった。