少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

次は 少女


過去の日記
2019年01月(4)
2018年12月(11)
2018年11月(8)
全て表示


メニュー
プロフィール


管理者用
パスワード



count

モバイル

交換日記レンタル - nikkijam

2019/02/06(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は436〜 今日の気分次回更新は19日(火)予定です



 推測というような言い回しのタルクスの話しに疑問符を浮かべるアサ。
 頷き返すアドレーヌは僅かに吐息を洩らした後、何処か重そうなその口を開く。

「…先ず言っておかなきゃいけなかったのかもしれなかったわね…」

 言い渋ると言ったような口振りのアドレーヌにアサは小首を傾げる。
 しかしそれは決してもったいぶっているわけではなく、順序立てた言葉選びに困っているものだと、アサは後に気付くこととなる。

「私たちは身を隠す必要があって…それで今、この集落にいるわけなんだけど」

 ちゃんとこの建物の外へと出たことがないアサは、ここが何処の集落、王国のどの位置かもわかってはいなかった。
 おそらく東方都市より離れたところにある辺境の村なのだろうと思っていたのだが、それは間違いであった。

「此処は王国の外…私たちはアドレーヌ国国外に今いるのよ」

 アサの予想を超える。全く思ってもいなかった場所に彼は大きく目を見開き、開いた口が塞がらなかった。







2019/02/06(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は435〜




「かいつまんで要点だけ話すとね…ミレットは無事なはずだって――プレナイトが言っていたわ」

 続けて彼女はバーンズ・ルーノ将軍が無事であることも話す。

「今此処にはいないけど命に別状はないって…これもプレナイトの話していたのよ」

 そうだったのかと思案顔を浮かべるアサ。
 計画に必要だと言って連れ浚われたミレットの身が、とりあえず無事であるだろうことは冷静になった今ならば確かに推測できるものであった。
 だがその反面、あの状況下で最も重傷だったバーンズが無事であったということは、何よりも安堵した。
 と、そんな言動をしたところで、プレナイトたちには今更と言われてしまうのだろうが。

「でも此処に居ないってことは今何処に…?」
「タルクスの話しだと王国内で一番大きな治療施設のある南方都市に運ばれたはずだって…」
「はず?」


2019/02/06(水) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は434〜







 気付けば窓の外からは淡い日の光が見え始め、空が暁に染まっていく。
 アサは窓の方へとおもむろに視線を移し、その輝きを見つめる。

「もうこんな時間になっちゃったのね」

 そう言って苦笑を洩らすアドレーヌ。
 ごめんと返しアサもまた苦笑をし、アドレーヌに視線を戻す。
 柔らかい日差し。珍しく外には砂嵐も暗雲もない。
 こんな穏やかな朝焼けは久しぶりであった。

「そういえば―――」

 と、アサは色々と思い返した中で気になったことを口にする。

「ミレットは無事なんだろうか…ルーノ将軍も…」

 スッキリとしたことでようやく時を刻みだした脳内へと、数々の疑問や不安が、次々と溢れ出てくる。
 するとアドレーヌは眉尻を下げながら答える。

「そう…皆一応何度も説明はしていたんだけど…上の空で聞いていなかったのね」
「あ…」

 そうだったのかとアサはそのときの記憶を辿り寄せる。が、何度思い出そうとしてもそんな事情説明や安否について聞いた覚えがなく。
 それほどに自分のことで精一杯だった――もとい、自分のことしか考えられなかったのだろうとアサは自分の弱さに胸を締め付ける。
 下唇を噛みしめ胸元を押さえた後、アサは小さく「ごめん」と呟いた。

「責めてるわけじゃないの。だから気にしないで?」

 再び顔を顰めるアサの背へと、優しく触れるアドレーヌ。
 彼女は彼の背を何度か撫でた後、既に何度も説明しただろう事情を、再度口にする。

2019/01/29(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は433〜 今日の気分次回更新は2月5日(火)予定です




「確かに才能も力もないかもしれない。物語の中心人物のような存在じゃないかもしれない。だけど…さっきも言ったけど貴方が私を救ってくれた。きっと私以外にも貴方に救われた人はいる。貴方に感謝している人がいるのよ」

 優しい掌は、次第に力強いものへと変わっていく。
 涙で腫れて潤む眼差しを向けながら、彼女は力強く微笑み言った。

「だから…自分を嫌いにならないで。貴方を好きな人たちのことを忘れないで。その人たちにとって貴方は大切な物語の一人なんだから」

 吐き出して、吐き出し過ぎて空っぽになった心を埋めてくれるような。温かく包み込んでくれるような彼女の言葉。
 もっと早くこうしていればよかったと、そう思うほどに心地の良い彼女の温もり。
 自分の下らなかったプライドを洗い流してくれるその涙に、アサは救われていくようで。
 自然と彼女の手を強く、握り返していた。








2019/01/29(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は432〜



 始めはひょんなことから騒動に巻き込まれた青年として。
 だが、封印していた感情を思い起こし、夢を思い出し、彼は徐々に知った。
 誠実な青年の仮面を被ったその面の裏で、湧き上がっていた想いを。
 挫折を知って成長することで、大人となってしまうことで心の奥にしまっていた――忘れたふりをしていた、単純な感情が目覚めていたことを。

「子供臭い、物語の中心人物になったような気がして…夢や伝記の登場人物になった気がして此処まで来ていただけなんだよ」

 彼はそう言って更に苦笑を洩らす。

「だけど物語のように純粋には行かなかった…俺はあまりにも無力で、物語の中心に立てるような存在じゃなかったんだ」

 父や祖父、そのまた父や祖父が語り継いでいたあの秘密の物語に出てくる先祖様のように。遠き血を引く、かの英雄のように。
 心の何処かで無理だとわかっていた一方で、彼はそれでも望んでいたのだ。
 彼らのようになりたいと。なってみたいと。
 『ありがとう』と、感謝されるような、物語の英雄や勇者になりたかったのだと。
 
「自分の醜い部分を自覚するということ曝け出すということは勇気のいることよ。それに、貴方は無力じゃないわ」

 アサの頬に触れていた掌は静かに、アサの掌へと移り、重なる手はゆっくりと握られる。

2019/01/29(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は431〜




 アサもまた、アドレーヌを見つめ、自分を見つめ、語り続けた。
 時折零れる涙もそのままに。惨めでみっともない姿を晒しながら。

「だから、皆に嫌われてしまいたかった。放っておいてほしかった」

 こんなガキ臭い理由を吐いてしまうこと自体、惨め過ぎてどうにかなってしまいそうだった。
 だが、そんなつまらないプライドこそ、今の自分にはみっともない言い訳でしかない。
 ならば少なからず彼女の前では、そのプライドは捨ててしまった方が良い。
 その方が楽になれる気がした。
 そう彼は、ようやく今思えるようになったのだ。
「誰も貴方を放っておいたりなんかしない。嫌いになんかなったりしないわ」

 アドレーヌはそっと、アサの頬に触れながら答える。
 まるで母の様な優しいその手に、彼は苦笑を混じりに口を開く。

「…本当はわかってたよ。プレナイトもタルクスも…絶対ミレットも俺を見捨ててくれはしないって。だからこそ、尚更辛かった」

 何の力もない。能力も才能もないこんな自分が共に行くことが。
 足手まといにしかならないと実感してしまったからこそ。
 敵の前での無力さを思い知らされたからこそ。
 才能ある仲間と共に行くことが怖くて、惨めでたまらなかった。

「だけど…こうして話してて、今やっとわかった。俺は責任感とか必要性とか、可能性とか力とか…そういうもののために此処まで来ていたんじゃないんだ」


2019/01/29(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は430〜




 




 互いにひとしきり涙し、すすり泣いた後。
 落ち着いたところでアサはポツポツと自分の気持ちを口にし始めた。
 思いついたこと、思っていたこと。
 怒りも悲しみも、何もかも。
 溜まっていたもの全てを。
 吐き出すように話し始めた。
 
「ミレットが助けられなかった、誰も助けられなかった。だけど、それが悔しいんじゃないんだ。本当は何も出来ない自分が悔しかったんだ」

 考えないようにしていた想い。
 当たり散らして逃げていた想い。
 醜い嫉妬のようだった叫び。
 しかし、こうして落ち着いてアドレーヌの前で改めて口に出していくと、それらはまるで自分の中から抜け出ていくかのように、不思議と重さも苦しみもなくなっていくようだった。

「ミレットがキエ(能力者)だって知ったとき、思い知らされたんだ。自分は選ばれた凄い人間じゃなかったんだって。本当はあのラッハタでの事故も、助けたんじゃなくて、助けてもらっていたんだって。だから余計に自分が惨めになった」

 情けない自分の、下らない話を、アドレーヌは何も言わず。
 だが真剣に耳を傾けてくれていた。
 ベッドに座り込むアサの隣で、支えるように優しく、その手を添えながら。
 彼女はずっとアサだけを見つめていた。見続けていてくれていた。

「そう思っていくと全部が嫌になっていった。自分が嫌になって…次第にどうでもよくなっていって。どうにかなってしまいたかった。こんなの、ミレットにだって見せられないし――」



2019/01/22(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は429〜 今日の気分次回更新は29日(火)予定です




「…苦しい思いも、辛い気持ちも……全部私に話して?」

 ちゃんと全部聞くから。受け止めるから。
 微笑みながらそう告げるアドレーヌ。
 彼女これまでにない力強く暖かな言葉もそうだが、なによりもその決意に満ちたような、強い強い眼差しに、アサは心を射抜かれた気分だった。


(そうか…)


 否、そんなことはなかったかと、アサはこれまでを思い出す。
 彼女の全てを包み込んでくれる優しさを、しかし時折見せる誰よりも真っ直ぐに相手を射抜くその強かさを、次第に自分の中で大きくなっていく彼女の存在感を、アサは知っていた。
 だからそんな彼女の言葉に、アサは何度も救われた。
 彼女の凛とした、透き通る声に何度も助けられた。助けられていた。
 そして、そんな彼女を美しいと思ったのだ。
 だからこんなにも自分は変わったのだ。
 そのことに気付いたアサは、頬に触れている彼女の掌へと自身の手を重ねて告げた。

「……ご、めん」
「ごめんじゃないわ。こういうときはありがとうって言うのよ」

 大粒の涙がまた一つと零れているアドレーヌ。
 そんな彼女を見つめながら、アサは出来る限りの笑顔を作って言った。

「ありがと、う……ありがとう……」

 そして彼もまた、涙を流し、泣いた。





2019/01/22(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は428〜




「だから…私は貴方を助けたい。苦しんで辛そうなのに独りぼっちになろうとするそんな姿を見たくないの」

 知ってる?
 私は貴方の満面の笑みを見たことが無いの。
 その言葉を聞いた瞬間。アサは無意識にこれまでの――彼女と出会ってから今までの時間を思い返す。
 はにかみ、苦笑、作った笑みは何度か見せていたかもしれないが、確かに思いきり笑った記憶が暫くとなかった。
 彼女の言葉で気付かされたアサは目を見開き、いつの間にかその視線は目の前の彼女へと向いている。

「私は貴方の心からの笑顔を見たい。とても大切な相手だからこそ尚更に…」

 とても大切な。予想だにしていない単語を耳にし、アサの顔は急速に紅く、熱を帯びていく。

「な、なに言って――」
「こんなときに言う台詞じゃないのはわかってるの。でもこんなときだからこそ、言わせて」

 動揺に硬直する彼のその火照った頬に、彼女の掌が優しく触れた。

「貴方は…アサは独りぼっちじゃない。私が…私たちが居るから…だから、もう苦しまなくて良いのよ」

 穏やかで、まるで陽だまりのように暖かな微笑み。
 彼女の言葉は、彼女の指先は、まるで魔法のようにアサに突き刺さる。
 視線が重なり、見つめられたアサは、憑き物が―――意固地になってすさんでいた心の膿が―――ゆっくりと落ちていくのを感じた。
 その証拠のごとく、彼の瞳からは涙が込み上げ、こぼれ落ちた。
 落ちた涙は頬から静かにアドレーヌの指先へと伝っていく。

2019/01/22(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は427〜







 正直、アサは動揺を隠せなかった。
 この部屋で目を覚ました当初、アドレーヌは何度かアサを訪ねここに来ていたのだが。
 その時は直ぐに退室し、最後には何も語り掛ける事もなかった。
 だが今回は違う。
 一瞬見えた輝く眼差し、その声に感じる生気。
 まるで別人になったかのような、そんな彼女の変貌にアサは困惑さえ抱いた。

「…放っておけるわけないわ。だって貴方を助けたいって思ったから」
「突然何言ってるんだよ…」

 尚も出て行こうとしない彼女へ、アサは突き放すような冷たい言葉で返す。
 振り払ったはずの彼女の掌は、再度アサの肩を掴んだ。
 冷たく、僅かに震えている指先。
 それに気付いたアサは自然とアドレーヌの方へ、視線を向けてしまった。
 振り返ったそこには、頬を濡らす彼女の顔があった。
 アサは思わず閉口する。

「私も…苦しんですさんでいく貴方を見ていられなくて、逃げてしまった。貴方を独りにさせてしまった。だけど思い出したのよ。私が貴方に助けられたということを。助けて貰ったから今此処にいるんだってことを」

 ごめんなさい、貴方から逃げてしまって、貴方を独りにしてごめんなさい。
 その震え声の謝罪に、アサの心はズキリと痛む。
 謝る必要など何もないないのだ。謝ってほしくなんかなかった。
 アサは更に眉を顰める。
 と、彼女の指先がゆっくりと、アサの髪先へと伸びる。