少女語り手

そしてアドレーヌは眠る。
『第五幕 眠る女神は』〜そして未来に〜

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2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は556~ 今日の気分次回更新は4月7日(火)予定です



 アドレーヌの声がアサの脳内へ突き刺さるように届く。
 何かを語ろうと開きかけた彼女の唇。しかし、その先を聞いてしまったら、もう今までの状態には戻れない。
 そんな予感が過り、アサは顔を顰めながら彼女より先に声を出そうとした。

「何悠長にやってんの二人共。体勢立て直すために今は一旦引くよ!」

 しかし。
 どちらかが話すよりも早く、タルクスが二人の腕を強引に捕まえ、駆け出したのだ。
 結局、アサもアドレーヌもそれ以降、互いに口を閉ざしたままだった。








 アサとアドレーヌの腕を引っ張りながら、タルクスは道なりに走り続け公園を抜ける。
 公園を抜けた先の大通りはアサとビオ=ランによる騒動のせいもあって人の気配は全くない。
 アマゾナイトどころか国王騎士隊の姿さえ見当たらなかった。

「国王騎士隊でも民間人をちゃんと誘導して逃げてくれてんならアマゾナイトとしてもありがたいんだけどね」

 そんなことをぼやきながらもタルクスの足は止まらず、走り続ける。
 確かにこの辺りに人気は無いが、一体王都中のどれだけの人たちがあの訴えを、あの言葉を信じたのだろうか。
 今は見えない結晶の波に対し、逃げようと思うだろうか。
 そうした点においても嘘偽りでも良いからアマゾナイトや国王騎士隊には先導して民間人たちを誘導し避難させて欲しいと、せめて彼らの職務だけは実行していて欲しいとアサは思わずにいられない。






2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は555~




 冷たいとも熱いとも言えない、石と何ら変わりのない無機質な感触。
 自分の意思とは関係なく、まるで生き物の如く覆い尽くしていくソレは、抵抗も逃れる事も出来ず、ゆっくりと恐怖と絶望を与えていく。
 しかしその反面、何故か息苦しさや圧迫感はなく、むしろ心地良くさえ感じてしまい、それが『無』というものなのかと、アサは恐ろしく感じた。
 それは以前、東方都市ラッハタでゼノタイムに襲われ結晶体に閉じ込められそうになったときのアサの記憶だ。
 今の今まで何故か記憶から抜け落ちていた、忘れていたあの日の記憶を、屈辱を、無を、彼はこの瞬間思い出したのだ。
 そして同時に、自身の双眸すらも結晶体に呑み込まれてしまい世界がぼやけていく中、彼はアドレーヌの姿を見ていた。
 その時どんな顔をしていたのか、それは視界が視界故に判らなかったが、彼女は自身の両手を此方に向けて、確かにこう言っていた。

『もう大丈夫だから』

 それまで泣き叫んでいたはずの声とは思えないような、落ち着いた優しい声。
 今、彼女が語っていた声とまるで同じ声。





「アドレーヌ…君は…」

 この王都でビオ=ランと遭遇した際、彼は不思議なことを言っていた。
 『君はあの中に閉じ込められたはず』と。
 あの時は気にも留めていなかったが、記憶を取り戻した今となっては彼の疑問も頷ける。
 どうやって自分は結晶体に取り込まれながら助かったのか。

「アサ…」





2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は554~




「認めない! 間違ってる、その歌を歌えるのはボクの知ってるアドレーヌは…ボクの、ボクだけの―――」

 そして、ビオ=ランは結晶体に全てを呑み込まれてしまった。
 決して安らかとは言えない憎悪と悲愴に満ちた表情のビオ=ラン。
 水晶体の中に閉じ込められてしまった彼を見つめ、アドレーヌは哀しげに眉を顰める。
 と、そんな水晶体へと近付こうとする彼女を、アサは思わず引き留める。
 咄嗟に腕を掴み、静止したアドレーヌの髪が静かにゆらめく。

「近付いたら駄目だ! アドレーヌも取り込まれてしまう!」

 ビオ=ランを呑み込んだ結晶体は止まる事を知らず、尚も氷結していくかの如く、周囲を呑み込み、その水晶体に閉じ込めている。
 更に彼は言っていた。『計画は実行された』と。
 これが計画に関係あるものならば、尚更今はこの場から離れるべきだと、アサは叫ぶ。
 しかし、振り返った彼女は真っ直ぐにアサを見つめ、告げる。

「彼を助けないと…私は大丈夫だから」

 微笑みも、悲しみもない、無に近い表情と透き通るように輝く双眸。
 いつもの彼女のようだが、まるで別人のようにも見えてくる。アサは思わず息を呑む。
 

「で、でもアレに取り込まれたら―――」

 何か言わねばと無意識にそう言いかけてから、彼はある事を思い出し、我に返る。

(アレに、取り込まれたら……?)



2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は553~



 彼女の歌が耳に届いたビオ=ランはその顔が凍り付いていく。
 明らかな動揺を見せ震える様は当人さえ驚いているようだった。
 動揺し続けるビオ=ランを他所に、彼女は歌を謡う。
 その透き通る声は音を反響させるエナ石を使っていないにもかかわらず、遥か遠くにまで響き渡っていくようだった。





あの夕日は闇へといつか
夜の向こうへ還ってゆくの
その先に何が待つのかあるのか
きっと誰にも 答えは知らないの

あの夜空に溢れ光る
星たちは零れ落ちてく
どうか願いを叶えて
眠りにつく者たちに
安らかな祝福を与えて

あの星たちもいつかは
白の世界へ還ってしまう
あの星たちに比べたら
私たちは醜いかもしれない
差し伸べても 届かない

けど、空は遠くない
私は知った 美しい光は其処にもあると
深い闇が全てを覆うとしても 押し寄せてきても
生まれかわれると 信じて謡い続ける
私も輝くんだと 誓って謡い続ける

だから星たち
見守っていてと 約束して 
 




 歌を耳にし、怯えたように顔を歪めるビオ=ラン。
 辛うじて自由の利く両手で彼は耳を塞ぎ、「違う」と繰り返し叫ぶ。

「この歌はアドレーヌのじゃない、違う違うちがうちがうちがうちがう!」

 苦し気に、辛そうに絞り出すような声で叫ぶその姿は、まるでただ認めたくなくて否定することしか出来ない子供のそれとよく似ている。
 それでも尚歌い続けるアドレーヌを睨む青い瞳は憎悪に包まれたまま、最後の最後まで否定していた。


2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は552~



「偽者のアドレーヌ…何が言いたい!」

 ビオ=ランと対峙する彼女―――アドレーヌは小さくかぶりを振り、口を開く。

「ねえ、今の貴方はそれで満足なの? アドレーヌの願いを叶えて幸せなの? 私にはそう見えない…」
「ああ満足さ、幸せさ! アドレーヌの願いが叶ったんだ! アドレーヌの願いがボクの願いなんだ!」

 歪に口角を吊り上げ、そう叫ぶビオ=ラン。
 しかし、彼女の言葉を受け―――聞いてしまったせいなのか―――彼は動揺しているようにも見えた。
 強気に、気張って叫ぶ、子供のように見えてしまった。
 狂い笑い、声を上げる彼の声は、高らかに、誇らしげに、しかし強がりで虚しく聞こえた。
 その間にも無情に結晶体はゆっくりとした速度で、ビオ=ランの胸元まで包み込んでいく。
 


 最早、彼には何を言おうとも耳に届かない様子だった。
言い聞かせることも、説き伏せることも、もう無理に等しかった。

「アドレーヌ…もう、良いから…」

 だが、そんな壊れてしまったかのようなビオ=ランへ、尚も食い下がり一歩、また一歩と彼へ歩み寄ろうとするアドレーヌ。
 アサは進もうとする彼女の腕を掴み、制止した。
 すると足を止めた彼女は静かに息を吐き出し、直後口を開いた。
 しかしそれは単なる言葉ではなく、旋律に乗った歌だった。

「何だその歌は―――何だ、この感覚は…何だ、これは…?」


2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は551~



 しかし、アサはビオ=ランを見つめながら、眉を顰めさせている。
 ビオ=ランの洩らした言葉に、その叫びに彼は違和感のようなものを抱いていたのだ。

「アドレーヌの願い…?」

 女神アドレーヌが本当に願っていたこと。
 それは嘗て、父が語ったおとぎ話の中で聞いた事があった。
 人々に語り継がれている女神は偽りであり、本当は深い絶望から破滅を望んで眠りについたのだと。
 しかし、アサたちの曽祖父母と仲間たちが目覚めた女神を説得し、彼女は絶望から解放されたと聞いていた。
 ビオ=ランが何故その事実を知っているのか、アサには解けなかったが、彼の語る言葉が間違いであることは、理解していた。

「違う! アドレーヌはそんなこと―――」

 今はもう、願ってはいないんだ。
 そう叫ぼうとした、そのときだった。

「貴方のアドレーヌはそう願っていたのね…」

 背後から聞こえてきた声によって、アサの言葉は塞がれた。
 振り返る必要などはなく、彼にはその声の主が直ぐにわかった。

「でも…貴方の願いはそこにあるのかしら…?」

 アサの傍らで立ち止まった声の主。
 歓喜と愉悦に浸っていたビオ=ランは彼女の登場に表情を歪め、八重歯を剥き出しながら、彼は青の双眸で彼女を睨みつける。


2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は550~




「その通り。流石彼の血筋は伊達じゃないわね」

 思わず笑みを洩らし、ロゼは未だ困惑を拭えないでいるミレットの腕を強引に掴むと、もう片方の手を頭上へと掲げ叫んだ。

「王城の外れから現れた光はエナの暴走よ! 呑み込まれれば命の保障は出来ない。この王都に居る者は今すぐできるだけ遠くに…王都外へ逃げなさい! 生きていたいのならば!!」

 その周囲にいる仲間たちだけではない、王城内にいる他の同胞たちや、王都内にいるアスレイや、王都に住まう者達全てに向けて、彼はそう言い放った。








 ロゼの叫びが彼の能力を通して王都中へ響き渡った、丁度そのとき。
 計画の始動に呼応するように、ビオ=ランの身体も結晶体に取り込まれようとしていた。
 自身の足が、腕が、肉体が無機質の塊に取り込まれていこうとしているにも関わらず、彼は歓喜の声を上げる。

「あっははは! やっとだよ、やっと計画は実行された! もう計画は止まらない、誰も止められない。国は終わりだ、アドレーヌの願いは叶ったんだ!!」

 まるで狂ったかのように叫び、喜び、空を仰ぐビオ=ラン。
 その一方で彼と対峙していたアサとタルクスは結晶体に取り込まれていく彼をどうにかする術もなく、自身も巻き込まれかねない為、何も出来ずにいた。

「此処も彼ももう駄目だ、俺たちも早く此処から逃げた方が良い」

 そう言うとタルクスは放心気味でいたアサの肩を叩き、逃走を促す。



2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は549~



 その場に居たメンバーの一人が声を上げる。
 驚く彼が指差す方へと視線を移すと、王城より離れた一角が、突如謎の発光をしていた。
 目を覆いたくなる程の輝きはゆっくりとその一角より拡大し、王城へと迫ろうとしている。

「なんの光りだ!?」
「あそこは確か…使用されていない古い教会があっただけ―――」

 別のメンバーが洩らした一言にロゼは全てを察し、悔しさから奥歯を噛みしめる。

「しまった―――そういうことか…!」
 隣にいたミレットは彼の洩らした言葉を耳にし、瞳を大きくさせる。

「今すぐ此処から逃げなさい、早く!」

 突然切羽詰まった様子を見せる彼にメンバーたちは動揺を隠せず、ミレットも同じく込み上げてくる不安から、無意識に彼へ縋るように尋ね直す。

「ロゼ、何が起こったの? あの光って…もしかして…メリッサの時と同じ…」

 コートを引っ張られたロゼは振り返り、不安げな顔を浮かべる少女に気付く。
 彼女の双眸からは、あの光の正体に感付いている上で、そのトラウマから怯えている様子が伺えた。
 不安がるミレットと自身の焦りを落ち着けるべく、ロゼは深呼吸をし、口を開く。

「貴方の予想通り、あれはエナによる暴走よ。率直に言えばイイヌの計画が強行されたのよ。間もなく此処は…この王都はあの光る結晶体に呑み込まれる」
「結晶体…あのとき現れたイイヌがしていた能力…?」

 掻い摘んだ説明であったが、ミレットは思案顔を浮かべながら自身の持ち合わせる記憶から、ほぼ答えに近い推測をする。




2020/03/31(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は548~






 この場に居合わせていた者で、その変化を最初に気付いたのはロゼだった。
 空気の変化。
 普通の人には感知できない位の、ほんの些細な変化であったが、空気中に漂う『何か』が徐々に薄まっていくような、そんな感覚を彼は感じたのだ。

「まさか…」

 その変化が次第に明確に、はっきりと認識出来た頃、彼はようやくその違和感の正体に気付き、顔色を変えた。

「残りのイイヌ、それとワイル国王は捕まえられたの?」

 急ぎロゼはコートを翻し、近場で待機していた組織の同胞へ尋ねる。
 数人居た彼らはロゼの慌てた様子に困惑しつつも、仲間内の連絡で知り得ている情報を伝える。

「それが…グラファイトというイイヌは未だ捕えられていません。ワイル国王も行方知れずで…」
「すみません! 実はその…ゼノタイムが半刻ほど前から逃げ出していたらしく、現在追跡しているところですが…!」

 深く頭を下げる仲間たち。
 形勢としては此方―――ロゼたち組織トオゼキ側に勝機があるように見える。
しかし、ロゼの曇った表情からは事態が深刻であると暗に告げられているようであったため、誰もが息を呑んでしまう。

「どうしたの、ロゼ―――」

 ミレットは困惑するトオゼキのメンバーたちに代わって彼へ尋ねようとした。
 だが、そのときだった。


「何だ、あれ…!?」




2020/03/24(火) 語り手
タイトル 第五幕〜眠る女神は547~ 今日の気分次回更新は31日(火)予定です







 ワイル国王を取り込んだ結晶体は更に水を得た魚の如く、勢いを増して教壇や周囲の壁、教会全体をその結晶で覆い尽くしていく。
 そんな中を一人、白い服を纏う仮面の男がゆっくりと、教壇に向かって歩いていく。

「陛下が眠りについた…ようやく計画を実行できる」

 彼はこれまで内に秘めていた想いを回想するかのように、これまで行ってきた行為を追懐するように、誰に告げるわけでもない独り言を続ける。

「長かった…歯車の役目である『アドレーヌ』を失ったことは大きな誤算であったが、元より器役である陛下さえいれば計画自体に支障はない」

 クリスタルの床と化した教壇に上がり、彼は静かに目の前の大きな結晶体を見やる。
 結晶の成長に伴い、ワイル国王を取り込んでいるそれはまるで柱の如く、教会の天井にまで伸びていた。

「マリアンヌ……お前の、家族までも巻き込んだ裏切りは結局ただの無駄骨だったということだ」

 口角を吊り上げ、不気味に笑う白き仮面の男ウォナ。
 彼は目前のクリスタルの柱へ、おもむろに触れた。

「今ここに『タトミ計画』―――『終幕の計画』を実行する…!」

 次の瞬間。
 クリスタルは彼の手に反応し、眩い光を放った。
 国王を包むそれも、教会を覆うそれも、神々しいとさえ思ってしまう程に発光し、辺りは一瞬にして白い輝きに呑まれていった。