るい栞愛

しあわせになれ

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交換日記レンタル - nikkijam

2018/08/10(金) るい
タイトル 5-21 変わっていくもの(2) 今日の気分終?続?


「うち、見えないかなあ」
そんな風に呟いた栞愛が、たぶんほんの微かな揺れに気づいて顔をあげた。
広いとは言えないスペースで立ち上がったるいは、彼女の背もたれに片手をつく。

「…相変わらず、隙だらけだね」
「え、」
伸ばした手に一瞬視線を向けたあと、至近距離で戻ってくる視線。
それにむかって、るいはちょっと笑ってみせた。

「別に何もしないから、安心して」
ぎ、と小さな軋みを残して、るいは栞愛の隣に座る。
狭いベンチシート。肩が触れる距離のまま、先ほどまで栞愛が見ていた景色に視線を向ける。

「さすがに家はわかんなそーだな」
なんとなくの方角はわかっても、ミニチュアのような無数の建物の中からたった一軒をみつけるのは難しい。
少し前まで、るいと栞愛が暮らしていた場所。いまは、誠人と沙和と、ふたりだけの家だ。

「るい、」
「あ、そういう声で呼ばないで。俺、自分が思ってたより衝動的に動いちゃうタイプみたいだから、」
「…何それ、どういう」
隣で座ってる栞愛がるいを凝視してくるせいで、逃がれる場所は少ない。
るいは小さくため息を吐いたあとで、ぽんぽんと栞愛の頭をなでた。
「これだけあれこれしたあとで遅いかもしれないんだけど、ちゃんと誠意くらいは見せようかなって」

がこん、と観覧車が揺れる。
観覧車のいちばん高い場所。この景色を専有できるのはほんの一瞬なのに、るいと見つめ合ったままで、栞愛はあとで残念がらないんだろうか。
そんなことをるいはぼんやり思い浮かべていたのだけど、そのあと別れるまで、彼女がそれについて残念がることはなかった。

2018/08/10(金) るい
タイトル 5-21 変わっていくもの(1) 今日の気分続きます


「じゃあ、また連絡する」と別れたのは、もうだいぶ1日も終わりに近づいたころ。
帰りに実家に寄ってもいいなんて言っていたはずなのに、なんだかんだと閉園近くまで遊びつくしてしまって、さらに固辞する栞愛を無視して彼女の家の近くまで送ってきたせいだ。離れがたかったのだなんてとても口に出しはしないけれど、彼女のほうも、少しでもるいと同じように感じてたらいいとそんな風に思う。
かさばるポップコーンケースは、「さすがにるいがひとりでこれを持ち帰るのはいたたまれない」と苦笑した栞愛がひきとってくれた。
いくらか身軽になった身体に、まだどこか冬の残り香がする夜気が心地いい。


最後に乗った観覧車で「栞愛は茶化すかなと思った」と告げたるいに、彼女は不思議そうに首を傾けた。
説明不足の自覚はあったけれど、補足する部分を上手く伝えるのは難しい。

迷ってるあいだにも、ガコガコと決して耳障りの良いとはいえない音にあわせて、少しずつ見える景色が変わっていく。
地上で明滅する光を眺めながら、るいは「さっき」と結局ふたたび説明不足の言葉を発した。

「おばけやしきでさ、俺が怖がってるふりしてっていったとき」
「ああ…」
心当たりでもあるのか、正面に座っていた彼女はるいから視線を逸らして、先ほどまでるいが眺めていた地上へと顔を向けた。
「…いつもだったら、そうしてたかな」

すでに地上は遠い。
ふたりをのせたまま、がこがこと揺れる密室はもうすぐ頂上へたどりつく。

2018/07/23(月) 栞愛
タイトル 5-20 来るとわかっていても(2) 今日の気分おわります


計算された流れのはず。なのにるいの声の近さにどぎまぎして、肩や背中の触れられている部分に意識が向いてなんだか熱くなった気がして、栞愛はどうしていいかわからなくなる。
「よくできました」
笑いを含んだ声でそんなダメ押しまでもらって、熱を帯びた顔がさらに熱くなった。

2018/07/23(月) 栞愛
タイトル 5-20 来るとわかっていても(1) 今日の気分続きます


扉をくぐる。斜め後方から声を掛けてきたのは青ざめた顔の使用人だ。何年ものあいだ行方不明だった館の主の姿を見たというが、新たな設定自体よりも物陰から急に現れたことに驚かされた。
「い、今のが一番怖かった」
「へえ。ああいうのが苦手なんだ」
余裕綽綽の声が聞こえて、栞愛は不思議な思いでるいを見あげる。待たれているように思う。さっきのあれだ。
『怖がってみてよ。計算でもなんでもいいから』
行こ、と小さく先を促す。同じ速さで歩みを進める。
茶化したくて茶化しそうで仕方ない。けれどもそこを踏みとどまって、相手の思うほうに転んでみたらどうなるのか――。


距離ができたようで、前のグループの姿は見えなくなっていた。
「行きどまり?」
「いや、どっちかに折れるっぽい……」
るいが言いかけたとき、先のほうから悲鳴が上がった。思わず足が止まる。
壁の向こう、曲がってすぐのところだ。なにかが仕掛けられているらしい。前を行く客の半泣きの声が完全に遠ざかってから、栞愛とるいは歩きはじめた。
あったのは主の無残に変わり果てた姿だった。縋るように手を伸ばして倒れこんできて、来るとわかっていたのに今度のはさすがに戦慄が走った。
「ひっ……!!」
飛びのいた栞愛の肩に腕が回され、るいに抱き寄せられて、
「うん、平気。……俺がいるから大丈夫だよ」
ささやきが耳に届く。

2018/07/07(土) るい
タイトル 5-19 それらしいリアクション(6) 今日の気分終わります


「怖いふりをすれば、それに乗じてくっつけるとか、男の子が可愛いと思うのはきっとそういう子なんだろうなとか、…うん、私も、それなりに経験はあるから、わかるんだけど、」
栞愛の唇が、困ったように笑う。その笑みは、やっぱりいまの環境にはあまり合わないけれど、るいは「うん」という短い相槌で先を促した。
「本当は、やっぱりちゃんとそういうの、したほうが良かったよね。…楽しくて、うっかり忘れちゃってて」
「…栞愛、楽しいの?」
「え?るいとふたりで遊園地だよ?楽しいに決まって……あ、るいはもしかして、あんまり楽しくな――」
「ねえ栞愛」

たぶん、楽しくないの?と続くはずだった言葉をさえぎって、るいはつないでいる手をちょっと揺らす。

「怖がってみてよ。計算でもなんでもいいから」
「え?」
「ほら、順路的にもちょうどあやしい部屋に入るみたい」
「…そういう風に言われるとなんだかすっごくやりにくいんだけど」
「栞愛が悲鳴あげたらさ、すかさず肩抱いて、俺がいるから大丈夫だよって言うね」

大きく開いた栞愛の瞳が、るいを見上げた。
るいはその瞳を見返して「リアクションの準備できた?」と笑う。

鉈だとか斧だとか、その手のものでつけられたと思しき傷と、いくつもの血のあとがついた重々しい扉に手をかける。扉の向こう側で、また甲高い悲鳴が聞こえた。

2018/07/07(土) るい
タイトル 5-19 それらしいリアクション(5) 今日の気分続きます


「これってこの部屋に入れってことかな?」
「うーん、どうだろ。開けてみようか」
栞愛とつないでいないほうの手で、るいは開閉したドアノブをガチャガチャとまわす。ノブは一応動くものの、鍵がかかってるみたいで開きそうにない。
「違うみたい」
「そっか」
頷いて、ふたりはまた薄暗い廊下を歩きだす。

「こんなシチュエーションだけど、さっきの話、続けていい?」
「ん、でも、もうちょっと詳しく説明して」
「わかった。えっとね…できないっていうのは、さっきのほら、あの子みたいな、」
栞愛が廊下の向こうに視線を向ける。
追いかけた彼女の視線の先に、血に濡れたスーツ姿の男がたっていたけれど、たぶん彼女が言っているのはそれではなく、さっきのカップルの女のことだ。
たとえば、いまこのシチュエーションで高くてするどい悲鳴をあげるような。

スーツの男が霧の中に消えるのを待ってから、栞愛がのんびりと首を傾けた。

2018/07/07(土) るい
タイトル 5-19 それらしいリアクション(4) 今日の気分続きます


じ、とるいを見上げていた栞愛が困ったように首を傾けた。
「そういうことか」
「ちなみに、”逆にるいのほうが怖がってくれても大丈夫だよ”ってのはないから」
「え、なにそれ」
「なんか栞愛って俺が絶対思いつかないこと考えるからさ。るいが怖いなら私が守ってあげる、とか言われるかなって」

扉が開いた。
青白い化粧のスタッフに無言で促されるままに、るいと栞愛は扉の奥へと歩き出す。
スモークで作られた人工的な霧。壁に散った”血”の跡、誰かの悲鳴。

「足元気をつけてね」というるいの言葉に、栞愛が頷いた。
先ほどからつなぎっぱなしの手をひいて、るいはのろのろと歩き出す。
どこかでまた悲鳴が上がって、恐怖をあおる演出なのか薄くかかったBGMにはさまざまな効果音が溶けあう。

「…私ね、」
いまいち見通しの悪い廊下を進みながら、栞愛がぽつりとつぶやいた。
「できないんだよね。…うーん、違う、たぶんちゃんと考えればできるんだけど、」
「まった、これ、なんの話?」
栞愛が顔をあげたのと同時に、ドォンと大きな音が鳴って、彼らのすぐ近くの扉が開閉した。
一瞬そちらに向けた視線を、栞愛に戻す。ちょうど同じような反応をしたらしい栞愛と目が合った。

2018/07/07(土) るい
タイトル 5-19 それらしいリアクション(3) 今日の気分続きます


ギイイ、と大層な音をたてて扉が開いた。闇に閉ざされたその先の空間から白い煙とともにひんやりとした空気が流れ込んでくる。
ここから先は一組ずつ、時間差でスタートするらしい。友だち同士と思しき4人組の背中が見えなくなると、るいたちの前に並んでいた大学生くらいのカップルの女の子が、強張った表情で彼氏の腕にしがみついた。

「…なんかさ、」
るいは声をひそめて、栞愛の耳に口を寄せる。
「俺たちって、こういうアトラクションむかないよな」
「え?…あ、もしかしてるい、こういうの怖い?苦手だった?」
「……あー、そう見える?」
「ポーカーフェイスだからわからないけど、苦手なら無理しなくてもいいよ。ほら、あっちに非常口が、」
「ありがとう。でも、全然そういう意味じゃないから」

栞愛との会話は、こんな風に微妙にかみあってないところがしばしばあるのだけど、たぶん、るいにとってはそれが面白い。考えてることの斜め上。あるいは、るいにとって四次元の発想。

ギィとまた音をたてて扉があいて、件のカップルの番になった。
男の方が彼女に「大丈夫だよ」などと声をかけ、すでに泣き出しそうな表情の女は小さく頷く。そのふたりの背中も、やがて扉の向こうに見えなくなった。

「見てた?」
「ん?…ええと、いまの?」
いまの、と栞愛が扉の向こうに目をやったので、たぶんそう遠くないものを見ていたのだろうと踏んで、るいは頷く。
「栞愛にあの女の子の反応を求めはしないけど、…こういうのに向いてるリアクションってああいう感じじゃない?」

2018/07/07(土) るい
タイトル 5-19 それらしいリアクション(2) 今日の気分続きます


ゴシックホラー的な衣装に身を包んだスタッフにうながされるまま、おどろおどろしい音楽の流れる建物へ踏み込む。小広間のような場所で、列の前後にいた客たちと、『この館で起きた出来事』だとか『館にまつわる噂』だとかを逐一説明されたのだけど、主に別のことに気をとられてたるいは、ありがちなそれをほとんど聞き逃した。

「…なんか、すごい設定だったね」
「え?なに?」
「え、るい聞いてなかったの?結構熱のこもった説明だったのに」
「あー…うん、一応聞いてた。館の主が殺されたんだっけ」
「惜しい。館の主は使用人や家族を殺して行方不明だよ」
やっぱり聞いてなかったと上目遣いににらまれて、るいは素直にごめんと謝る。

「別のこと考えてた?」
「うん、…考えてみたら昨年までは同じ家に住んでたし、誘う必要もなかったよなって」
栞愛の足が止まったので、るいも自然に足を止めた。
一緒に移動中だった家族連れやカップルがちらちらとふたりに目をやりながら、追い越していく。
「何の話?って思ったけど、ちゃんとつながった」
「説明する手間がはぶけてありがたいけど、とりあえず行こうか」
るいが差し出した手に、栞愛の手が重なる。

2018/07/07(土) るい
タイトル 5-19 それらしいリアクション(1) 今日の気分続きます


「そうだっけ」と聞き返したら、「そうだよ」と栞愛の頬がふくらんだので、るいは記憶をさかのぼるのをあきらめて肩をすくめる。

「まあ、昨年は部活ばっかりしてたし、一応受験生だったし」
「受験生で部活ばっかりって、なんか矛盾を感じる組み合わせだよね」
「あー、言われてみれば、そうかも」

次の反応に、数秒の間があった。
アトラクションの順番でも気にしているのかと思ったらそうではなかったらしい。顔をあげた栞愛が「ねえ」とるいの目を覗き込んだ。
「いまのそれは、どっちに対する”そうかも”だったの?」
「どっちに対する…って…」
今度はるいが数秒黙り込んで、それから「ああ」と応じる。

「受験生で部活漬けって矛盾してるな、って意味だったけど、誘ったことなかった、ってほうについても異論はない」
「でしょ?いつも私ばっかり誘ってたよね」
「なんか古いドラマとか歌とかにありそうなセリフ」
「あれ、ちょっと聞き捨てならないな。これはもう人類永遠のテーマだと思うけど」
「じんるい」
「うん」
「えいえん」
「そうだよ」
「栞愛って面白いね、相変わらず」
「え、ちょっと、それどういう――」
「俺たちの番だって、いこう」