管理人岸崎 丞東海 響也武藤 那岐狭川 夏樹

黒猫の魔法
番外編『飼い主大奮闘の日』

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2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 削除防止


「ありがとね」
「……早く離せよ」

弁当の入った袋を夏樹の手ごと包み込むと驚いた顔をした後、そっぽを向かれてしまった。照れている、と思いたい態度に俺はそろそろこの手を離した方がいいのかとも思う。
もう好きにしたらいいと、別れるなら受け入れると伝えればこいつはどうするのだろう。
今のままいるのかな。それとも両手をあげて喜ぶのかな。

「いってくるね」
「ん」

袋だけを掴みなおして、いってくると口にすれば小さく頷いた。手を振ってから俺はいつも通りに会社へと向かう。
指輪を渡したころは、変わらないままで一緒に居られると漠然と根拠もなくそう思っていたのに、今はいつまでこうして居られるのだろうと思ってしまう。
夏樹のものと言う証として嵌めてほしいと願ったのは嘘じゃない。形に見えるものが欲しかったのも事実だ。
形あるものに縋って居たかったのかもしれない。だけどもうそんなことをしても意味がない気がして、嵌めた日から一度も外したことがなかった指輪を初めて外した。
その瞬間、寂しさよりも虚しさがこみ上げてきて俺は乱暴に指輪をポケットに入れた。

手放すこともできずに、こちらから切り出すこともできずに、自分がどうしたいのかもわからなくて、指輪を外すことしかできなかった。
一緒に居たいと強く願うのに、一緒にいるとつらいと思ってしまう。
こんなにも好きなのに、このまま好きでいていいのか考えてしまう。

考えたかも価値観も、何もかも違うと分かっていてそれでも一緒にいると決めたのは自分なのに、どうしてこんなにも迷っているのだろう。
指輪がなくなった指は軽くなったはずなのにどこか重い。その感覚に自嘲気味に笑ってつまらない仕事が待っている会社に足を向けた。

俺はその夜、一つの決断を下した。
一度実家に帰り、夏樹との距離をとることだった。
このまま一緒にいてもいいはずもなく、ちょうど母親も一度顔を見せに来いと言っていたからそれを理由に離れることにした。
少し顔を見なければきっとまた、あの頃のようにそばにいるだけで幸せだと思えるようになると、そうなりたいと願いながら、今まで避けていた選択肢を選んだ。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 11


ソファに座っている夏樹の横を通り過ぎて寝室に荷物をおいて着替えを手にして戻ってくる。相変わらず座ったままの夏樹に視線を向けるでもなく、そのまま風呂に行こうとしたら呼び止められた。
視線だけを向ければ、少しの沈黙の後ずっと飲んでいたのかと聞かれた。

「一時間くらい前には終わったよ。同僚の子を家まで送ってきたから遅くなったけど」
「……女?」
「野郎なら一人で帰るだろ」

何を聞いているのだと首を傾げれば特に興味もないように「あっそ」と呟いた。自分から聞いておいてなんだと思いながら、嘘をつくことでもないしと口を開いた。

「俺のマンションの近くに同僚の子が住んでて、上司に送ってくように頼まれたの」
「……誰もそんなこと聞いてねぇし」
「わかってるよ、そんなこと。お前は……なんでもない。明日も仕事だから風呂行ってくる。お前も早く寝ろよ」

余計な事を言う前に俺は風呂に向かった。
お前は俺に興味がない、なんて言ってそうだなんて今言われてしまったら、多分もう無理だと感じてしまったはずだ。
そう考えていること自体、関係維持に限界があるのだと分かっていてもそれでもこの関係が壊れてしまうことが怖いと思った。

風呂から上がって戻ってくればリビングには誰もおらず、俺は明かりを消して直ぐに寝室に入った。すでに暗い室内では寝ているかどうかも分からなくて、できるだけ音を立てずにベッドに寝転んで、呟くように「おやすみ」と口にした。
その日は酒も入っていた所為か、余計な事を考えることもなくすんなりと眠ることができた。

翌朝、いつもの様に乱暴に起こされて、用意されていた朝食を食べて、出勤する準備を整える。何もかもがいつも通りの朝だった。
さすがに朝から余計な事を考える暇もなくて一日の始まりとしては悪くないものだった。

「弁当忘れんなよ」
「はーい」

言われなければ忘れていきそうだった弁当を手渡された瞬間、手が触れ合った。
俺よりもしっかりとした手。なのに細やかな作業や料理なんかは軽々とやってのける手。手荒れが酷くて、見ているだけでも痛々しい。
男らしい手なのに、誰の手よりも優しい熱を感じさせてくれる、好きで好きでたまらない手。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 10


「マンション、見えました」
「そっか」
「ここで大丈夫です、から。あの……ありがとうございました」
「いーえ、また明日会社でね」

自分の住んでいるマンションを指差して言った彼女に、俺はいつも通りの態度を取った。
気丈にふるまう彼女に、何も気づかないふりをする俺。きっともう、彼女は必要以上に俺にはかかわってこないだろうと思った。
彼女に背を向けて俺は自分のマンションへとゆっくりと歩き始めた。
胸の中に彼女がいた一瞬迷ってしまった自分が、後ろめたいことをしてしまったような気持になり、マンションに戻りたくないと深くため息を吐き出した。


いつも以上にゆっくりと歩いてマンションまで戻り、部屋の扉を開ける前にため息を吐き出した。
何も言わなければ気づかれることのない出来事なのに、何故か後ろめたくて今はあいつに会いたくない。
普段は物事をマイナス方向から捉える事なんてないけれど、ここ最近はその傾向が強い。きっと疲れているのだろう。疲れさえ取れれば、きっと今まで通りで居られると思う。

「……ただいま」

いつのまにか日付けが変わっていて、おそらく眠っているだろうからと小さな声で言った。待っていてくれるなんてことないのもわかっているから、見る顔は恐らく寝顔だけだ。だから今日の俺にとっては好都合な条件だった。
足音をできるだけ立てないようにそっと歩き、リビングに続く扉を開ければ「おかえり」と声をかけられ、肩がびくっと跳ねた。

「お、起きてたの?」
「起きてちゃわりぃのかよ」
「そうじゃなくて、明日も仕事だから寝てると思って帰ってきたから……」

驚いている俺にイラついているのがわかる表情で睨まれる。
起きていることに文句はないけれど、そうは思っていなかったからと口にすれば顔をそむけられてしまった。

「……待っててくれたの?」

期待してはいけないと分かっていても、つい訊いてしまう。どんな返事があるのかもわかっているのに。
それを聞いてやっぱりと落胆することもわかっているのに、どうしても聞いてしまう。
そうじゃない答えが聞きたくて。

「んなわけねぇだろ。いろいろやってたらこんな時間になっただけだ」
「……だよね」

想像通りの答えに苦笑を浮かべるしかない。自分自身に馬鹿だと呆れてしまう。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 9


「すみません、遠回りですよね……」
「気にしなくて良いよ。夜道を女の子一人で歩かせるのも危ないし」
「……ありがとう、ございます」

彼女を見ずに、何でもない事だと告げた。誰にだってそうしていると告げているつもりだけど、はたして彼女は気づいているのか。
またしばらくの沈黙が訪れる。言われていた場所はもうすぐだと思う。
そんな風に思っていれば少し離れて隣を歩いていた彼女が視界から消えていることに気づき、立ち止まった。
振り返れば彼女が俯いたまま、少し後ろで立ち止まっていた。

「鈴木さん?気分悪い?」

頬が赤くなるほどには飲んでいたみたいだし、歩いていて気分が悪くなったのかと声を掛けながら近づけば、俯いていた顔が勢いよく上がり、うるんだ瞳が俺を捉えていた。

「武藤さん……、私っ」

俺の名前を呼んだあと、何かを言おうとした彼女の体が揺れて倒れそうになる。
俺の胸に手をついて顔を埋めるような格好になり、抱きしめられるのを待っている様な格好になってしまっている。
反射的に彼女の肩に手を伸ばしかけて、あと少しで触れてしまいそうなところで思いとどまった。
女の子特有の柔らかな感触は、彼女と触れ合っている部分から伝わってくる。微かに香る香水の匂いに頭がくらんだ。
このまま彼女を抱きしめれば、きっといろんなことがもとには戻らなくなる。
抱きしめれば包み込んでしまえそうなほどに小さいからだ。抱きしめたい、触れたいといつも願っている人とは全く違う感触。
このまま抱きしめてしまえ、そう頭の中で響いた声に従えればどんなに楽だろう。
彼女なら俺を好きだと言って笑ってくれると分かっているのに、どうして俺は選ぶことができないんだろう。

「鈴木さん、足元が覚束ない程飲んだんだねぇ」
「あっ……わ、私っ」
「とりあえず一人で立てる?」

触れそうになった手をおろし、あくまでも酔っ払いを気遣う体で声を掛ける。彼女には一切触れずに離れてほしいと含みを持たせて言えば、何かを察した様に彼女は俺から離れた。
真っ赤になった顔を見られたくないのか俯き、少し沈黙した後彼女が顔をあげた。
その表情ははっきりとは見えなかったけど、俺には泣いているように見えて、少しだけ胸の奥が痛んだ。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 8


「もしかして武藤さん、ほんとは彼女なんて居ないんじゃないですかぁ?」
「いるって」

彼女じゃなくて彼氏だけど。付き合って居ると言ってもいいのか分からない関係だけど、一応はいるんだ。
俺は彼女の前に左手を出して見せた。

「独り者でわざわざ指輪なんてしないでしょ」
「そうですけどぉ」
「疑う気持ちもわかるけど、俺にはちゃんと恋人いるから」

多分一番疑っているのは俺だ。指輪をしていたって、同棲をしていたって、どこかしっくりこないのも、多分俺だ。
付き合う前や付き合ってすぐのころの様な気持ちが少しばかり迷走しているような気がする。
あの頃はこれでいいのだと思っていた。不安なんて感じていなかったのに。

「俺の話はいいからさ。君たちの話、聞かせてよ」

にっこりと笑って、これ以上は何も答えないと雰囲気に乗せて少し無理矢理に話を変えた。
俺に好意を寄せてくれている彼女の視線にも気づいていたけど、俺はそれに気づかないふりをした。

「武藤君、徒歩だよね?」
「そうですけど……」
「悪いんだけどさ、鈴木さん送って行ってあげてくれない?」
「はぁ……良いですけど」

飲み会も終わり、お開きになった頃、上司から声をかけられた。鈴木さんと呼ばれた人物は俺に好意を寄せてくれている彼女だ。
上司の話によれば、鈴木さん宅はここから歩いての距離らしいけど、一人で歩かせるのは心配だからと同じ徒歩の俺に送ってほしいとのことだった。
彼女は上司の少し後ろから躊躇いがちに俺を見ていて、目が合えば苦笑交じりに笑った。その頬が酒の所為か赤いのがわかる。
鈴木さんが住むマンションは俺が住むマンションからそんなに遠くもないし、送っていくくらいなら問題はない。
店先で別れを告げて、電車に乗る組は駅へと向かって歩き始めた。

「じゃあいこっか」
「は、はいっ」

隣に立つ鈴木さんに声をかければ、少し緊張した面持ちで歩き始めた。ほどほどの距離を保ちながら、話すこともなくしばらく無言で歩いていれば遠慮がちに声をかけられた。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 7


何か明確に、あいつの気持ちがわかる言葉が欲しい。何年も傍に居て、言葉すらもらえないのはさすがにつらい。
言葉なんていくらでも偽れるけれど、それでも欲しいと思ってしまうほどにあいつの気持ちが分からない。
嫌われていないのはわかる。だからと言って好かれている気もしない。
自分で自分を慰め続けることが、こんなにも虚しくて苦しいだなんて思いもしなかった。
好きな人と一緒にいるのに、どうしてこんなに毎日がつらいのだろう。
現状は恋人と同棲しているというよりは、友達と同居しているという方が感覚的には近いと思った。
ならいっそそう思う様になれば楽になるのかとも思うけれど、それじゃ俺が求めていた形とはかけ離れてしまう。

「……うさん、武藤さん!」
「えっ?」
「もぉ、聞いてましたぁ?」
「ああ、ごめん、なんだっけ?」

仕事が終わって、飲み会に参加していても考えているのは夏樹とのことで話もほとんど聞いていなかった。
数人の女子社員に囲まれていたことにも気づいていなくて、ほかの男社員からの痛い視線にも気づかなかった。
一体いつの間にと思うけれど、俺には恋人がいるって会社では有名な話なんだから放って置けばいいものを。
集まっている女子社員の中には、もちろん彼女もいて俺と目が合うとはにかむように笑った。

「彼女さんの話、聞かせて下さいよぉ」
「聞かせるほどの話しなんて何にもないって」

女子社員のリーダー的存在の子が、話を聞きたいと声をかけてくる。実際話せるようなことは何もないんだ。
恋人が暴力的で、素直じゃなくて、俺に触れられるのを嫌っていて、好きだと一度も言われたことがない、なんて話す方も聞く方も嫌だろう。
適当に笑って誤魔化しておくのが一番だ。

「えーじゃあ写真とかはぁ?」
「ないよ。嫌いなんだって写真」

そう言えば二人で写真なんてとったこともないな。あいつそう言うの嫌がりそうだし。
世間的に大きな声で言えない関係なのは十分わかっているし、俺とのツーショットなんて考えたこともなかった。
適当な事を口にすれば不満そうな表情が返ってくる。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 6


「おい夏樹」
「ふぇっ?!」
「風呂、あいた。こんな所で寝てると風邪ひくよ?」

触れられなくて、結局ソファを蹴って無理やり起こした。寝ぼけているのか、きょとんとした顔をしている夏樹に風呂に入る様に告げれば、少しぼんやりした後こくんと頷いた。
おぼつかない足取りで風呂場に向かう背中を見送って俺はまたため息を吐き出した。



「武藤?」
「ん?」
「お前、疲れてるのか?」
「別にー?仕事はつまんないけど」

風呂から上がった夏樹に、どうしてだかそんな事を訊かれた。
どんなに俺に興味がなくてもさすがに少しおかし事には気づいたらしい。できるだけいつも通りに、普段の俺らしい回答を口にしてもまだ少し怪訝そうな顔をしている。
俺はすでにベッドに寝転んでいて、眠る体勢だったから両手を広げてみせてへらっと笑った。

「それとも、そう言う事言って誘って……ってぇっ」
「馬鹿武藤!気にした俺が馬鹿みてぇじゃねぇか!」

来るだろうと思っていたげんこつが予想通りに頭に落ちて、広げていた両手で頭を押さえた。じんわりと目じりに浮かんだ涙を気にするわけでもなく、夏樹は俺から一番離れた場所に寝転んで背を向けている。
これでもう何も言ってこないだろうと俺も夏樹に背中を向けて、小さな声でおやすみと告げた。
暫くしてから、なんとか聞き取れるような声音でおやすみと言ったのが耳に入った。
だけど俺は眠れるわけもなく、くすぶり続ける想いにそろそろ限界なのかも知れないと、もう何度目になるか分からないため息を吐き出した。

元々俺は誰かのものを欲しがる人間だった。だから、他人の恋人を奪う事も少なくなかった。その分長続きもしなくて、夏樹が一番長い付き合いになっている。付き合って居ると呼んでいいのなら、と前提がつくけれど。
好きだと追いかけられるよりも追いかけていたい方だったけど、あまりにも好意が返って来ないとさすがにどうしていいのか分からなくなる。
ならいっそ他人の好意をすんなりと受け入れてしまえばいいんじゃないかと、頭の中でささやく声が聞こえる。
同僚の彼女の想いに応えれば、俺は楽になるのだろうか。
答えはきっと否だ。彼女じゃダメなんだ。俺はあいつの、夏樹の好意が欲しいんだ。ただ一言、自分からちゃんと好きだと言ってほしい。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 5


飯を食べた後は片付けをして順番に風呂にはいるのが日常だ。
あれ以降特に失敗も失言もしていないから恋人は気にした様子もない。それだけ普段通りにできているのだろう。

「夏樹ー、風呂あいたよー……って寝てるのか?」

ソファに寝そべっている姿から寝ているのだとすぐにわかった。実際名前を呼んだって起きはしない。
こいつは今日、休みだったけど普段の仕事は忙しいみたいだし、色々と疲れていたりもするんだろう。
基本的に俺たちは休みが合わない。だからどこかに出かけたりもほとんどしない。
たとえ一緒だったとしても夏樹は俺と出かけたがらないから、物理的に無理だと突きつけられている方が精神的にはいい。

「なっちゃーん、そのまま寝ちゃうと風邪ひくよー?」

声をかけてきても反応はない。顔を覗き込むと首元にチェーンが見えた。
それが何を示すのか俺にはわかる。
俺の左手薬指にあるペアになった指輪がそのチェーンには通って居る筈だ。直ぐに外して捨てられるものだと思っていたそれは、案外長くそこにある。
どうせ外すのが面倒だとかそんな理由で外してないんだろうけど、一度指摘したら外して二度とつけてくれない気がして俺は、それを目にしても何も言わなかった。
俺がただ自己満足でしている指輪。そうでもしないと不安がさらに大きくなりそうだった。毎日つけている指輪は細かな傷が入ってその時間の長さを物語っている。
それだけの時間を過ごすうちに、俺はこの指輪を嵌めたころの様な気持ちを今も持っているのか分からなくなっていた。

好きだと思う。今も触れたいと思う。だけどそうしていいのか躊躇ってしまう。
俺には触るな、抱きつくなと散々言うくせに、今は別の店に移った元店長代理には触らせたりなんて普通だ。
寧ろ俺の可愛い子犬に対しては自分から抱きつきに行く始末。
俺はダメであの二人がいい理由って言うのはなんだろう。やっぱり俺は強引過ぎたのだろうか。

起こすために触れようかと思った手を寸止めして、拳を握った。
今まで一度だって触れることをためらった事なんてなかった。触れていいのかなんて迷った事もなかったのに。
視界の端に入ったのは自己満足の、ただただ自分の不安を取り除きたくて嵌めてくれと願った指輪で、今はもうただのくすんだ飾りになっている様な気がした。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 4


「今日何?」
「ホワイトシチュー」
「ん」

野菜メインじゃないことにほっとしながら着替えてくると告げて寝室に向かった。
扉を閉めてベッドに座ってからため息を吐き出した。俺はいつも通りの俺で居られたかな。ごちゃごちゃ考えていることが出てなかったらいいんだけど。
まあ、あいつはそんなに俺のこと見てないか。
もう一度息を吐き出してから俺は部屋着に着替え、いつも通りにと呟いて恋人がいるリビングへと戻った。

ローテーブルには既に夕飯が並んでいて、手を洗っていつもの席に座った。
二人で並んで手を合わせて「いただきます」と告げてからシチューに口をつけた。食べ慣れた手料理。何かなら何までいつも通り。
少しおかしくなっているのは俺の心だけだ。

「あ、前にも言ってるけど、明日は夕飯いらないよ」
「ああ、飲み会だろ?」
「うん」

俺の会社は定期的に親睦を深めるという名目で飲み会が開催される。
入りたての頃はそれも面倒で渋々行っていたけど、ここ数回は少し離れる時間もあった方がいいのかと思い、自分の考えをまとめるためにもちょうどいいと思って参加している。
一緒にいるのが嫌なわけじゃない。寧ろもっと一緒に居たい。
だけど、一緒にいるだけで相手の心までは分からないから、傍に居たって不安がくすぶってくる。

「酒ばっか、飲むなよ」
「わかってるよー」
「俺が見てないからって飯、食わないなんてするなよ?」
「しないって。……ほんと俺って信用ねーのな」

口にしてからはっとする。いつもならこんなこと言わないのに。
それには恋人も気づいている様で、怪訝そうな視線を頂戴してしまった。ひきつりそうになる頬をどうにか押さえて俺はできるだけ笑って見せた。

「今までの飲み会だって普通に食べて飲んで帰ってきてただろ?
 なっちゃんは心配しすぎなんだよ」
「なっちゃん言うな……心配なんてしてねぇよ」

想像していた答えを引き出すためにあえて言った言葉に、予想通りの返答があってほっとする。
それに苦笑して見せて、冷めるから食べちゃおうと言えばそれ以上は何も言わなかった。
本当、自分で不安をあおる様な事ばっかりしてどうしたんだよ、俺。もっとちゃんとしろよな。

2017/04/19(水) 武藤 那岐
タイトル 3


彼女は同僚として良い奴だと思う。異性としてもきっと魅力的だ。
だからこそいつまでも叶わない恋なんて追いかけなければいいのにと思ってしまう。
だけど、中途半端に夢を見させているのも俺自身なことに気づいているんだ。何をやっているのかと深いため息を吐き出し、どうしようもない感情に蓋をした。

仕事を定時に終わらせて家路を歩く。太るからと運動代わりに通勤は歩いている。住んでいるマンションからそんなに遠いわけでもなく、歩くにはちょうどいい時間と距離だ。
大学の頃から住んでいるマンションにたどりつき、自分の部屋の前で立ち止まった。
ここ最近の中で、あいつとの関係について考えている時間が長かったせいか一瞬だけ入るのをためらってしまった。
俺はいつもどうしていたっけ、なんて思いながらできるだけいつも通りと息を吐いてから扉を開けた。

「ただいまー」

そう言った所で直ぐに返事がないのはいつものことだ。
おかえりなんて笑って玄関先まで出迎えてくれるような奴じゃない。大方キッチンに立って飯でも作っているんだろう。
リビングに入れば予想通りにキッチンに立って料理を作っている姿が目に入った。
俺に気づいた恋人が少しだけ顔をこちらに向けて「おかえり」と素っ気なく口にした。
これもいつも通りだ。可愛げない、俺には愛想がないのも今更だ。こんなの今まで気にしてなかったのにな。

「はいこれ」
「残さず食っただろうな?」
「食べたよー。俺の嫌いな茄子だって食べましたぁ」

空になった弁当箱を手渡せば、残さなかっただろうなと睨まれる。それにむっとしながら返事をすればそれで良いんだと言わんばかりに頷いている。
俺の恋人は、男だ。だけどその辺の女よりも家事全般は得意なんだと思う。そしてかなりうまい方だと感じることが多い。
他の人の料理なんて今まで興味がなかったから知らないけど、恋人の料理はうまい部類なのだと思う。こいつに出会うまで飯が旨いなんて思った事もなかったからよくわからないけれど。