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穏涼奇譚〜穏やかな涼風の手折る常〜

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交換日記レンタル - nikkijam

2018/08/19(日) 晴海 奏
タイトル 26-7 今日の気分end


とても驚いたのだろう瞳を大きく見開いて、そこに彼は立って居た。

「え?あ、な、何で笑うかな?!」
「ふふ……ご、ごめん、なんかびっくりし過ぎちゃって」
「僕もびっくりしたよー。だって奏くん、急に出てくるんだもん」

特別に約束をしていた訳でもなくて――と言うかまだHRが残っている時間な気もする――会えるはずもない彼の姿にもちろん驚いたんだけど、あまりのタイミングの良さに嬉しいような、擽ったいような。

「HR終わってないんじゃないの?」
「さっき話も出来ずだったから、なんとなく来ちゃった、んだけど…」

問いかけに応えながら、自分でもいまいちその理屈があってないような気分なのか、譲くんは首をかしげて「ダメだった?」なんて聞いて来た。
――ダメどころか
深栗色の髪を撫でて礼を言えばきょとんとした不思議そうな顔をしている。

「会えて嬉しいけど、HR始まる前に戻った方が良いと思うなぁ。もうすぐあれも始まるじゃない?」
「あ!体育祭!!」

きっと間近に迫ってきているから、そろそろ話題に出て来ているであろう事柄を揶揄したのだけれど、想像していた言葉と譲くんの回答には全く接点が無かった。

「あれ?奏、くん?」
「譲君、もちろん体育祭もあるけど……その前に中間試験があるんだよ」

何か変な事言ったかなくらいに首を捻っている瞳に裏はない。
これが作った物でなく、天然さんだから叱るというより心配になってくる。
苦笑して告げた一言は彼をハッとさせ、見る見るうちに熟れたトマト宜しく赤く染め上げた。

2018/08/19(日) 晴海 奏
タイトル 26-6


授業が無ければほとんど人が寄り付かない特別棟の科学室 。
自分が死んだ――生きているらしいけれど――場所になんとなく戻ってくるのは未練だとか縁だとか言うもののせいなのかな?
なんとなく昔授業で使っていた席がやはり自分の選ぶ場所で、椅子を引いて腰かける。

一体いつ頃寄贈されたものなのか随分と古びた本だなと思いながらも、時間を潰すため読み進めていけば、思っていたよりも面白く。
意識を本から解放されたのは終業のチャイムの音が校内に鳴り響き、音楽室から出て行く生徒たちの賑やかな声に気付いてからだった。

「もう、下校時間が近いんだね」

何とはなしに出た独り言だったけれど、傍で一緒に本を覗き込んでいたのであろう子は黒いその靄のような体を揺らしている。
果たしてこの子に本が読めているのかは定かではないけれど――そもそもがおれの言葉に応えたのかすらも判別できないんだけれど――「続きはまた後」でと声を掛けて本を閉じた。

夕闇が近づくまではまだ時間があるけど、既に昼間は活動を避ける子たちも特別棟内でも思い思いに動き始めている。
ささっとおれを避ける姿に少しだけ寂しく思えるのは、同じ境遇で、同じ場所で、生きる者を見ていた側と言うだけの繋がりでも、仲間意識みたいなものがあったせいなのかな。

なんとなく居心地が悪いような、息が詰まるような――ぼくにとっては懐かしいとでもいうべきか――そんな感覚に、やや逃げるように足早に歩く。
脳裏に浮かぶ笑顔に救いでも求めるような気分になって、特別棟の扉を開け放った。

2018/08/19(日) 晴海 奏
タイトル 26-5


「なんでもない」と必死に否定することで尚一層首を捻られるのに困っていく姿を救ったのは、チャイムと共に教室に入ってきた教師で、譲くんの席に集まっていた彼らは散り散りに自分の場所へと戻っていく。

これ以上此処にいると、何度も余所見をしては落ち着かずにきっとまた教師にお小言を頂戴してしまうだろうと、視線が向けられるのに微笑み返して、唇だけで「頑張って」と告げて手を振ってその場を離れる事にした。


図書館棟は静かな場所ではあるけれど彼らはいない。窓が大きく日の光を多く含むこの場所は居心地が悪いのかもしれない。
意識すれば本にも触れられる。
長い時間一人でやる事もなく居たからここの本はある程度読んだと思う。とはいえ興味のないものは手つかずだけれど。
古びた歴史に関する一冊を拝借して、人が居ないのを見計らって特別棟迄持って移動した。

机で読んでいては1人でに頁の捲れる本を見た人が驚いてしまうし、特別棟に持ち帰っても中に浮かぶ本なんて見られた日には、しばらくオカルト話で校内が賑わってしまうからと、以前は奥の本棚の陰で読んだりもしていたけれど。
意外に集中してしまうと普段人目を気にしなくていいせいか足音に気付くのが遅れて、慌てて本をそのままにしたことがある。

「誰かが落としたのかな」でその場はおさまったけれど、数度それがあって、やはりここでの読書は辞めておくことにした。
そんなに頻繁に本が落ちていたら、それはそれで不自然だしね。

2018/08/19(日) 晴海 奏
タイトル 26-4


大樹に背を向けて見上げた本館の窓から見覚えのある姿を目にする。
前を向いているけれど、集中できないのか、ちょっと眠そうにも見える横顔に小さく笑ってしまったのは秘密にしておこう。

様子を覗きに行こう位な感覚でゆっくり歩いているうちにチャイムが鳴る。
教室の外に出てくる人の波は、壁際に寄ったところでおれを避けはしないから体をすり抜けていく。
もう流石に慣れた感覚は気に留めるほどでもなくそっと教室の扉から覗き込むと、丁度仲良しの二人と楽しくお話し中のようだった。
何の話をしているのかまでは聞き取れないけれど、コロコロと良く変わる表情で楽しいのだと伝わってくる。
よく一緒にいる二人の他にも次第に人が寄ってきて明るい話声が増えて行く。

自然と引き寄せる、そういう性質なんだろう。
おれの場合は『ぼく』を演じて手に入れていた環境だから、素直にその才を羨ましいと思うけれど、自分も惹きつけられる一人だからか、妬ましいとは思えない。

「か……っ!」
不意にこちらに向いた視線とかち合って、見開かれる瞳。
大きく声を上げかける様子に、苦笑しつつ人差し指を唇に当ててみせれば、慌てて口を両手でふさぐ。
もちろんその行動も十分不自然。

「何してんだよ」
「え、いや、なんでもないよっ!」
「いやいや、何でもなくないだろ」

首を大きく左右に振っているのを、訝しげに見ては「熱でもあるのか?」と友人の1人が額に手を当てる。
まぁ、そうなるよねぇ。

2018/08/19(日) 晴海 奏
タイトル 26-3


日の射す校舎内で彼らはそれを避けるように影へ影へと場所を変えていく。
そんな彼らに気付く事はなく一人、また一人と、生徒たちが静寂を破り、賑やかを通り越し騒がしいほどに言葉数が増えて行く校舎を、静かにさせるチャイムが鳴り響くのを聞き終えてからゆっくりと特別棟出た。

二年の間にすっかり日課になってしまった。
自身が生徒であるときはもちろんこの時間に校舎内を出歩く事なんてなかった――それが当たり前なんだけどね――から、幽霊生活での楽しみみたいになっていたのかもしれない。

気付く人もいなければ咎められる事もないんだもの、散策はし放題。
自身の学年でもない教室や滅多に入ることがない校長室、生徒には見せない先生の姿が垣間見れる事もある職員室。
日々同じ事の繰り返しの自分とは異なり、視界に移る人達は同じようで同じではない日々を送っている。
それを見る事で流れていく時間を感じる――正確には感じた気になっている、なんだろうけど――のが、この場所での過ごし方。

賑やかな本館離れには体育館もあるけれど、ちょっとだけ賑やかなその場所を覗いて見ると、彼らが疎ましそうにしていたから早々に引き上げる事にして、中庭をのんびり歩く事にした。
横目に見える大樹は夏に近づいていくこの季節は青々とした葉桜。
綺麗なんだけどねぇ……何故かいつもあの場所はそれだけではない感覚に襲われやすくて好きじゃない。

2018/08/19(日) 晴海 奏
タイトル 26-2


二年の間それをじわじわと実感していたから、彼らの行動はとても不思議で、 ……『生きていた』頃よりもずっと『生きているらしい』今の方が人の温かみを感じるような気がして……ちょっと擽ったいかな。

彼らがそちらを向いたからと特別棟の窓の外へ視線を向ければ、街並みの合間から見える朝日。
静かに音もなく登っていくそれは、空を染めあげ闇色だった世界を華やかな世界へと変貌させるもの。
闇の世界にいる者たちは目映いそれを羨みと妬みの入り混じった瞳で見ながらも、生きる者の音が聞こえ始める頃には、在るべき影へと身を潜める。

おれの目には見えている彼らはこの場所から姿を消している訳ではないけれど、彼らもまたその世界に羨望を抱き、どこか諦め、それでも未練を残して、影のある場所へと移動し始めていく。

生きている、生きているのも良いかもしれないと、今思える事は少なからず幸せで。
それを二年の歳月共に居た物から否定されるばかりではない状況も、素直に嬉しいと思える事はくすぐったさもあり、やはり幸せで。
けれどそう感じさせてくれる彼らに今の俺には返せるものが何もないのが歯痒い。

この世界の中には「死にたい」と思っていても生きている者がいるというのに、「生きていたかった」者はこんなにも焦がれているというのに、昨日迄はおれ自身がきっとこの校舎の中で一番未練が無かった筈なのに……なんてうまくいかない世界なんだろう――

2018/08/19(日) 晴海 奏
タイトル 26-1


「怒って……ないの、かな?」

昨日知った自分の現在の状況に、そして譲くんとの事のみに気を取られていたおれは、人がいなくなった校内で初めて思い出した。

彼らにとって生きる者はとても羨ましい存在であり、かつ妬ましく感じる事を。
自分が『生きている』ーー実感はないんだけれどーーとなった今、彼らと異なる存在になってしまっているのは、彼らを不快にさせてしまうんじゃないかという事に。

けれど彼らは傍を離れる事なく、痛むような感覚を与える事もないままに変わらずそこに居てくれている。
おれの問いかけに首があれば首を、手しかなければ手を振る。
もう形すら留める事が出来ない子でさえも、離れない事で意思を伝えてくれるようだった。

もちろんすべての彼らがそうだったわけではなく、大半はおれを避けるように姿を消し、今までとは違う敵意に近い空気を表している子もいる。
でもそれが自然だと、むしろ全ての子達にそうされても仕方がないと思っていたのに……。

「ありがとう……」

特に会話をしてきたわけでも何かを紡いできた訳でもなかった。
ただ同じ時間、その場所で過ごしていただけだった。
平穏という名の退屈で、永劫とも思えるほどに変わら無い終わらない日々を言葉さえも交わせずに居ただけの筈なのに。

生者と死者。
生きているか死んでいるか。
ただ、それだけの違いが、あまりに大きく。
そして遠い。

2018/08/16(木) 影浦 祈江
タイトル 25-8 今日の気分end



結局、夕食は冷蔵庫の残り物で軽く済ませて、シャワーで汗を流すと水気をふき取っただけの髪にタオルを巻きつけて自室に戻る。

鞄から借りて来たばかりの古書と、館山先生からのプリントを取り出しながら時計に目をやる。
時刻は21時を回ったところで、私は少し考えてから古書の山を机の端へ追いやってプリントの方へ手を伸ばした。

渡された時に流し見ただけのそれを冒頭からきちんと読み込む。
教科書の方はテスト範囲だろう部分を一攫いしたけれど、案の定見覚えのない記述が多い。…これはプリントにまとめるのも大変なのではないだろうか?
そんなことを考えつつ、ペンを取り出し、その部分に印をつけていく。
――館山先生に確認する必要があるだろう部分をはっきりさせておけば補習も効率的に進むだろう。
もしかしたら試験範囲関係の歴史の本なんかを借りてきて読んで置けば、意外に予習にも役に立つかもしれない、と思いながら、まずは机の端に積み上げられた本を読むのが先だろうとそれに費やす時間を脳内で計算する。

「……夜更かし確定、ね。」

結論を独り言ちて、昨今を境に確実に変わり始めつつある日常に思いを馳せる。
面倒の山、だと思う。けれど――。

――『また明日な』。

プラスマイナスゼロどころか、確実にマイナスに傾くだろうに。
今までの安穏とした静かな日々は失われてしまうかもしれないというのに。

「ああ、もう…絆されないように気を付けなくちゃ…。」

誰にともなく呟いて、私はまたプリントの見慣れぬ記述に印を一つ書き足した。

2018/08/16(木) 影浦 祈江
タイトル 25-7



視線を戻した先。宵闇の中、外灯に仄かに照らされた館山先生の姿は数歩離れた分、先程程細かな表情は見えない。
その事実に背を押されるように、私はそっと絞り出すように言葉を吐き出だした。

「……お気をつけて」

それは、酷く拙い――そして珍しく無毒な――言葉に、先生は笑って手を振ると、再び背を向けて来た道へと歩き出す。

その後ろ姿が曲がり角に完全に消えるまで見送って、私は全身から力が抜けるような虚脱感に襲われる。――有態に言えば、疲れた、の一言である。
それは勿論、自覚のない先生の行動に振り回された、という経緯も含まれるが、何より誰かとこんな長い時間――普通の人にしたらさほどではないかもしれないけど、少なくとも私にとっては――を過ごしたのは、それほど久しぶりだったのだ。

それは、恐らく私が人との交流を避けて通ってきた代償なのだろう。けれど、それを何処かで悪くない、と思っている自分も否めない。
これは不本意ながら我ながら先が思いやられそうだ、と思いつつ、真っ暗な自宅の玄関に鍵を差し込んだことで、ふと思い出す。

「あ、買い物…。」

そう、今日の夕食と明日からの食糧を買って帰って来ようと思っていたのだ。
館山先生が用事に同行することで、すっかり頭から追い出されていたけれど。
今更ながらにそんなことに気付いて、今日何度目かの――実際、もう今日だけで何度吐いたかわからない――溜息を一際深く吐き出した。


2018/08/16(木) 影浦 祈江
タイトル 25-6




「——送って下さって、あ、ありがとうございます」
「こちらこそ色々調べ事やら、守って頂いて」

こっちが願い出たわけではないけれど、一応家まで送り届けて貰ったのだから、と言い慣れないお礼の言葉を口にすれば、どういたしまして、のテンプレートでも、明りの灯らない家への言及でもなく、斜め上の返答が返ってくる。

「まっ……守ってなんて別に……先生があまりにも考えなしなだけです」
「ごもっとも」

みっともなく声を裏返しながらも、常を取り戻すように毒付けば、苦笑と共に合図値が返ってきて居た堪れない。

「ちゃんと戸締りしろよ。」
「…わかってます。」

そう言って背を向けた館山先生に、聞こえるか聞こえないかの声で言葉を返せば、数歩歩み出した先生が振り返って視線が合った。
――が、ばっちりとぶつかった気がした視線に条件反射的にそっと視線を反らした。
なんだか何かにつけて面映いを通り越して、居心地が悪い。

「また明日な」

そんな私に、恐らく他意など無くだろう放たれた言葉は、なんとも有り触れていて、けれど私には馴染みのない柔らかさのようなものを含んだ別れの挨拶だった。
そんな当たり前の言葉さえも、慣れずに返す言葉に迷う自分が、何故か歯痒い。
それでいいと思っていた――否、今でも思っている筈なのに、けれど、正しく返す言葉を知らないことがほんの少し寂しく思えた。