語り手

シキサイ奏デテ物語ル
黄昏の魔女と深緑の魔槍士

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交換日記レンタル - nikkijam

2020/03/31(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~226 今日の気分次回更新は4月14日(火)予定です




「ケビン!」
「ちょっと、今更来てももう治療は終わったんだけど――」
「これは終わってないだろう…」

 そう言うとケビンはアスレイに巻かれていた包帯を強引に解いていく。
 見事に絡まっているため、所々圧迫されるらしく。包帯が締まる度にアスレイは激痛に顔を歪める。

「ちょ、ちょっと何すんのよ…!」
「まあ見ていろ」

 不満顔でケビンを睨むレンナに臆する様子もなく、おもむろに彼は手にしていた小瓶の蓋を開けた。
 なんてことのない、無臭の真水。
 それを彼は包帯の下から晒されているアスレイの素肌へと掛けた。

「冷たっ、いだっ!!」

 冷たさに体が反射的に動いてしまい、それによって生まれた激痛にまたもや顔を顰めることとなるアスレイ。
 そんな彼を気に留めることもなく、ケビンは続けて彼の腹部に手を掲げた。
 何かを念じるかのように、深く目を閉じ集中し始める。

「何しているんだ、ケビン―――」

 と、アスレイが尋ねかけたところで、それは突如起こった。









2020/03/31(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~225



 とは言え確かにネールの言う通り、見ている限りでは手を抜いて戦った様子もなく、間違いなく『本気』であったのだろうとケビンは推測する。
 そして、本気であろうと手抜きであろうと、骨折や切傷といった大怪我よりこの程度の怪我の方が、ケビンとしてはありがたい限りだった。

「さて、と…」

 ケビンは懐から水の入った瓶を取り出すと、アスレイへ歩み寄っていく。




 アスレイたちへ駆け寄ったケビンは、その恐ろしい光景に思わず閉口してしまう。

「ちょっと動かないでよ」
「これでどう動くんだよっ!?」

 そこには先ほどまでいなかったはずの包帯巻き男が姿を見せていたからだ。
 両手両足を見事に拘束されており、一体どうすればこのようになるのかと頭を抱えずにはいられない。
 その一方で彼をそんな姿にさせてしまった当人は、全く持って罪の意識を感じていないらしい。

「これで良し! 感謝しなさいよ」
「だからどう感謝しろって…身動き取れないし…本当、どうしたら良いんだ、これ…?」

 じたばたと体を必死に捩じらせ続けているアスレイ。
 怪我人であるはずの彼が、このままでは更なる怪我をしてしまいかねない。
 そう思ったケビンは急ぎ彼の傍に駆け寄ると片膝を付いた。


2020/03/31(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~224



 ネールと入れ違うようにアスレイへ駆け寄って来たのはレンナだった。

「こんなボロボロになっちゃって…怪我までして…ホントバカでしょ!」
「真っ先に言う事が文句って」
「当たり前じゃん!」

 そう言いながら彼女はアスレイの傍らで両膝を付き、持っていたカバンから何やら取り出す。
 それは消毒液や包帯といった手当のための備品だ。
 こうなることを予測して、予め用意してきていたのだ。
 が、その手つきは残念ながら慣れているといった様子ではなく。

「消毒液って包帯に浸すんじゃなくて、傷口に付けるものなんだけど…」
「え? そうなのっ?」

 と言った具合であった。



 アスレイとレンナの二人が手当に騒いでいるその奥――空き地から立ち去ろうとしているネールは、ケビンを見つけるなり二人の方へと目配せる。

「後は任せた」
「ああ、わかってる」

 そう言うと彼の視線はアスレイに向けられ、それから小さいため息を一つ漏らす。

「…全身の打撲に捻挫といったところか…随分と可愛い怪我で済ませられたな」
「そんなことはない。ちゃんと全力で戦った。軽傷で済んだのは彼の受け身が上手かったからだろう」

 ネールはそれだけ言い残し、歩き出していく。 
 その背中を見つめながら、ケビンは目を細め、ため息交じりに呟いた。

「良く言う…お前の全力は“得意の武器”を使って初めて全力と言えるんだ…」
 

2020/03/31(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~223



 





 結末から言って、アスレイは結局ネールから一勝することは出来なかった。
『地面へと倒れた方が負け』と言うルールを、戦う前に決めてはいたが。ネールを地面に伏せさせるどころか、その腕一つ掴ませてはくれなかったのだ。
 ボロボロになったアスレイは、遂には降参の如く倒れ込んでしまったというわけだった。
 仰向けに倒れたまま、動けないでいるアスレイ。
 最初の一戦から景色は代わり、今は暮れなずんだ空が見える。
 そんな空を眺めながらアスレイは肩を大きく揺らし、呼吸を繰り返す。

「あー…だめかぁ…」

 心の底から漏れ出た本音だった。
 一方でネールはと言うと、汗一つ掻いた様子もなく、平然として立っている。
 息さえ乱れていないのだから、流石にアスレイも完敗と認めざるを得なかった。

「動きは悪くない。が、まだ瞬時の判断力に欠ける点も多い。ここで諦めず、更に精進することだな」

 相変わらず上から目線の言いぐさだな、と思いつつも、やはりアスレイは反論出来ない。
 ネールの言っていることは間違っていない、的確なアドバイスだった。
 アスレイは立ち去ろうとするネールに、頭だけを僅かに動かし、そして言った。

「ネールたちも色々用事があるのに付き合ってくれて、今日はありがとう」

 疲労と怪我で身動きの取れないでいる彼が見せた、溢れ出る笑顔。
 そんな彼の爽やかな笑みに返すよう、ネールもまた微笑み、それから踵を返して去って行った。

2020/03/17(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~222 今日の気分次回更新は31日(火)更新予定です



 そう叫び声を上げ、アスレイはネールへ向かって飛び込んでいった。
 彼女に再度死角を突かれるよりも先にと、今度は彼から一手出た形だ。
 少女相手とは思わない、懇親の一撃。
 軽々とそれは避けられてしまったが、体を捩じらせていたネールにアスレイは休むことなく次の一撃を向ける。
 繰り出す拳。完全に死角を狙った一手だった。
 が、しかし。
 ネールはそれさえも知っていたかのようにひらりとかわしてしまう。
 まるで踊っているかのような、軽やかな動きで。

「くそ…!」

 思わず出てしまう悪態。
 だが、それでも彼の顔に悔しさは微塵もない。
 まるでこの戦いを楽しんでいるようにさえ思える表情。
 噴き出る汗も、受ける激痛も、心地よくさえ思える。
 しかしアスレイは決して負けるつもりもなく。
 絶対に勝てると信じている上での感情なのだ。

「…負ける喧嘩であんな笑ってられるなんて…ホント男ってバカね」

 呆れた声でそう言ってため息を洩らすレンナ。
 隣でそれを聞いていた男のケビンとしては、苦笑とも取れない複雑な笑みを浮かべるしかなかった。








2020/03/17(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~221



 瞬時に気付いた、と言うよりはほぼ直感であった。
 僅かに感じた不自然な風と気配。それが彼女のものだとアスレイの脳へ回った頃には、ネールはアスレイの真横――死角に飛び込んでいた。
 ネールの方へ向き直し、防御に両手を構えようとしたが、既に遅く。
 振り回していた彼女の足がアスレイの腹部に直撃した。

「う、ぐぅ…っ!!」

 思わず漏れ出る呻き声。
 その場に崩れることもなく、彼の体は後方へと吹き飛んだ。



 蹴り上げた足を下しながら、ネールは両膝をつくアスレイを見やる。

「咄嗟に自ら後方へ飛び退きダメージを軽減させたか…思った以上に動けるようだな」

 相変わらずの上から目線とも取れる言いぐさで、反論さえさせない正論を言う。
 苦痛であると言うのに口元には自然と笑みが零れてしまう。
 腹部を押さえながら、アスレイはもう一度立ち上がった。

「そっちこそ…思った以上に重い一撃で驚いたよ…」

 か弱いとも言えるその華奢な見た目からは想像の出来ない一撃。
 故郷の妹たちと同等の体力だと思っていた自分の愚かさに、より一層と笑わずにはいられないアスレイ。

「油断はもうしない…!」



2020/03/17(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~220




「そういうもんなの?」

 が、どれもこれも明確な回答とは言えず、更に彼女は不満を募らせる。
 不機嫌そうに、彼女は睨むように、二人の対決を見つめる。
「ホントバカなんだから」と、小声で悪態を付いているものの、つまるところ彼女なりに彼の身を案じているということだ。
 そんな心情に気付いているケビンは、レンナを見やり人知れず笑みを漏らす。
 彼女が心配するほどの事態にはならないと、ケビンには確信があったからだ。
 が、彼が案じているのは違う点だ。

(果たしてアイツがどれだけ“本気を出しているよう”に見せられるのか…)

 顔を顰めながらアスレイとネールを交互に見つめ、それからケビンはまた小さく吐息を洩らした。



 特別な合図があったわけでもないが、戦いは既に始まっていた。
 しかし、二人は一向に動こうとしない。
 そもそも自身の拳で挑むアスレイは必然的に近距離戦を要しなくてならないのだが、彼が得意とするのは迫りくる相手の力を利用し、いなすという戦い方であった。
 だが、ネールが近付いてくる気配は微塵も感じられない。
 ならばと間合いを詰めようにも、ネールが扱う『魔術』の距離間が掴めていなくては、無駄に突進してしまうだけ。
 そのためアスレイは下手に手を出せず、身動きが取れずにいた。



 するとそんな彼の手の内を知ってか知らずか。突然ネールが歩き出した。

「それでは行かせて貰う」

 そう言った直後だ。
 それまで歩いていたはずのネールが、視界から消えた。

「――くっ!!」


2020/03/17(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~219



 全力、ということは魔道士として戦うということなのだろうとアスレイは推測する。
 初めて手合せし、敗北したあの時も、ネールは魔術を使っていたという話をレンナから聞いている。
 おそらく、あの時以上の力を持って挑んでくる、ということだろう。
 ならば、抵抗を抱いている余裕などない。

「ああ、わかった」

 頷き了承すると、改めてアスレイは拳を構え直した。



 向かい合う二人の傍ら、立会人として静観するレンナとケビン。
 戦う前から勝敗の判り切っているレンナにとっては気が気ではなく。
 先ほどから落ち着かない様子でいる。

「ねえ、ホントに大丈夫なの? 本気でやるって…アイツ凄い大怪我しちゃうんじゃないの? そもそも勝つつもりなんて無謀も良いとこだし、それにアンタたちが本当に天才魔槍士の情報を知ってるかどうかだって定かじゃないってのにさ…?」

 レンナから怒涛の質問攻めを受け、隣にいるケビンは小さなため息を一つ洩らす。

「まあ…情報云々についてはノーコメントとして…手合いに関しては心配無用だ。それに、本気を望む相手に手加減することの方が失礼というものだろ」

 彼女の投げかけたぼやきのような質問一つ一つを親切に答えるケビン。

2020/03/17(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~218










 互いに食事が終わると、アスレイとネールは話し合っていた通り、別の場所へと移動する。
 そこは町外れにあった人気のない公園だった。
 膝丈まで鬱蒼と生い茂る、空き地とも呼べる場所で二人は対峙し、視線を交えた。

「わかってると思うけど、俺が勝ったら天才魔槍士について、知っている事教えて貰うよ」
「ああ。そう何度も言わずとも解っている」

 ネールはそう言って苦笑を浮かべ、アスレイを見つめる。
 一方でアスレイは目つきを若干鋭くさせると自分の拳を構え、ファイティングポーズを取る。
 と、ある事に気付き彼はふと口を開く。

「そういや武器はどうする? 流石に刃物系は困るけど木刀くらいなら持っても…」
「いや、このままで構わない」

 冷淡に即答するネール。
 とは言われても、いくら彼女が魔道士とはいえ、少女相手に本気で拳を交えることに僅かながら抵抗を抱かずにはいられないアスレイ。
 故郷では妹相手に本気で喧嘩もしていたものの、兄妹ではない他人の女性を傷つけても良いものなのか迷うところではあった。
 すると、そのことを察したのかネールがおもむろに口を開いた。

「きちんと一戦交えるからには手加減は無用だ。私も全力で行かせてもらう」




2020/03/03(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~217 今日の気分次回更新は17日(火)予定です




「だが、それが解っていたなら、せめて予めそう教えといてくれ。それと、何度も言ってるが少しはオブラートに包んで話すことを覚えろ…」

 彼のぼやきにネールは顔を上げる。
 見つめるその表情はキョトンとした様子だ。

「優しく諭したつもりだったが」

 その返答に今度はケビンがキョトンとした顔を見せる。
 それから深いため息を吐き出し、彼は額に手を添えた。

「あれじゃあ、ただ怒りを煽ろうとしてるようにしか見えん。まったく、無自覚でこうも火に油注げるものなのか・・・」
「次からは気を付ける」

 そう言って平静な様子で、ネールはウエイトレスに料理を注文する。
 そんな様子を眺めながら、ケビンは思う。
 これは絶対気をつける気がないな、と。
 もう一度ため息を洩らして、彼もまた料理を注文した。