語り手

シキサイ奏デテ物語ル
黄昏の魔女と深緑の魔槍士

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2020/01/21(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~205 今日の気分次回更新は2月4日(火)予定です




 「確か“黄昏誘う魔女”ってわざと悲鳴を上げて、助けに駆けつけた男たちを浚ってたっていうじゃん。今回もそれと同じだし…もしかしてカズマは…魔女にはめられて浚われたんじゃ…」

 彼女の言葉にネールは静かに顔を顰める。
 確かに彼女の言う通り、この町で噂になっている“黄昏誘う魔女”の犯行手口には、そうした実例があったと言われている。
 ネールもその話は聞いており、だからこそこの現場を目撃したとき、彼女はその可能性の高さを考えていた。
 これは、魔女による仕業と見た方が良い、と。
 しかしその見解を今のアスレイに告げるのは、更なる混乱を招くと思い、あえて伏せていたのだ。

「魔女が…カズマを……じゃあ、それってつまり、ホントに、魔女がこの町に居たってこと…なのか?」

 呟く言葉が変わり、まるで感情が抜けてしまったように彼の眼差しは虚ろで、そこにいつもの真っ直ぐな輝きは無かった。
 レンナに羽交い締めにされ、座り込んだまま、抜け殻のように俯いていた。

(彼女の言う通り、彼は此処に来るべきではなかったのかもしれない…)

 ネールはそう思い、人知れず、静かに瞼を伏せた。








2020/01/21(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~204



 走り去っていく直前にカズマは、自分の犯した行動を悔い改めていたようであった。
 しかし、その決心が故に彼はこんな事態に陥ってしまったのだろうか。
 そもそもカズマを問い詰め、動揺を与えていなければ、こんな事態は引き起こらなかったのだろうか。
 もっと早く彼に追いついていれば、彼を助けることが出来たのだろうか。
 先ほどまでアスレイのしていた言動一つ一つが、彼の中で大きな後悔へと変わっていく。

「そんな…俺の…俺のせいでッ!!」

 地面へ拳を強く叩きつけながら、アスレイは叫ぶ。
 動揺を隠せない顔色に怒りと後悔による叫びは、半ば錯乱状態とも言えた。
 それまで同じように動揺を見せていたレンナであったが、彼のそんな様子を見つけ慌てて押さえつけるべく彼を羽交い絞めにする。

「お、落ち着きなさいよアスレイ!」

 しかしアスレイは青ざめた顔を俯かせ、「俺のせいで」と空しく呟き続ける。
 彼の持つ異常なお人好しさと強い責任感は以前から察してはいた。が、そこまで自分を追い込むとは。と、内心ネールは思いつつ、彼へ告げる。

「彼女の言う通りだ。元より此処にある血痕が本当に彼のものなのかどうか。彼の生死についても確たる証拠があるわけではない。まだ生存の可能性は充分にある」

 ネールの言葉を聞いたアスレイは唇を噛みしめ、湧き上がってくる自身の感情を鎮めさせようとする。
 が、レンナは「だけど」と、ネールの言葉を否定する。


 

2020/01/21(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~203




「これは…?」

 街並みの隙間から零れる、僅かな月光を反射させていたそれは、鮮血と同じ赤色の、六種の花が描かれたコンパクトミラー。
 折り畳み式のそれは何故か開かれたままであり、鏡面には不自然に弧を描くような、なぞられた血痕が付着していた。

「それは…まさ、か……?」

 ネールが拾ったコンパクトミラーを見つけた瞬間、レンナは目を見開きながら言葉を詰まらせ、驚いている。

「―――カズマのだ」

 と、背後からゆっくりと歩み寄ってきたアスレイが、静かにそう告げた。
 鼓動が高鳴り、激しく胸を締め付けていく。
 それは間違いない――カズマに見せてもらった、妹から貰ったというコンパクトミラーだった。
 そして同時に“それ”は証拠となり、此処にある鮮血がカズマのものだと決定づける形となってしまった。



 アスレイは力無くその場に座り込む。

「何で…そんな、カズマが…まさか…」

 ポツリと思わず呟く。
 と、アスレイは不意に彼が最後に言っていた言葉を思い出す。

『後で聞いてくれ…俺の過ちと、隠していた事実を……』



2020/01/21(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~202



 
「それってまさか、血…?」

 ネールの隣に並び、その指先を覗き込むよう眺めながらそう尋ねるレンナ。
 肯定に軽く頷き答え、ネールは口を開く。

「まだ新しい…間違いない。悲鳴のあった場は此処だ」
「そ、そんな訳が――」

 ない。
 そう言いかけ、アスレイは口を噤む。
 血痕こそ残されているが、しかし此処には人の姿が、駆けつけた三人以外は誰一人もいなかった。
 これだけの鮮血。仮に怪我によるもので逃避中だとしても、自力で移動などまず無理と思われた。
 そもそも先立って走り去ったカズマさえも、此処にはいなかった。
 だから此処が悲鳴のあった場所だとは思えない。思いたくない。
 アスレイはそう言いたかった。
 だがしかし、悲鳴の聞こえてきた方へと向かって走ってきた先で発見されたのがこの場所なのだ。
 だとすれば、そう安易に否定など、出来ようもなかった。




「…これって…まさかカズマさんの…?」

 レンナのそんな言葉を耳にし、アスレイは顔を歪める。
 信じたくはない言葉。しかしこのような事件性を感じられる現場にカズマがいないというのは、あまりにも不自然であった。

「まだ彼のものだという証拠はない――が」

 そう言ったネールは不意にあるものに気づき、その方へと視線を移す。
 彼女の右方向――その通路の隅にあった小さな下水溝に、何かが落ちていたのだ。
 人の手が丁度入る隙間のそこへ、手を伸ばすネール。

2020/01/21(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~201



 







 アスレイは、先ほどからざわつく嫌な予感に胸が締め付けられる思いでいた。
 実際に何かが胸を締め付けているのではと感じるくらいだ。
 なぜなら、目的地に近付いている筈なのに、そこから物音は全くなく、話し声さえも一向に聞こえてはこないのだ。
 先ほど聞こえたあの女性の悲鳴も、一度聞いたきり何も聞こえない。

「カズマ…!」

 アスレイは全身全霊を込め、全力で走り続けた。



 と、背後からいきなり叫び声が聞こえた。

「待てアスレイ!」

 その声に慌てて足を止めるアスレイ。
 背後を振り返ると、後を追いかけて走ってきたのだろうレンナとネールの姿があった。

「足下を見ろ」

 ネールにそう言われ、アスレイは自身の足下を見やる。

「ッ!?」

 そこには、おびただしい量の血痕が地面一面に広がっていた。
 アスレイは声にならない悲鳴を上げ、硬直する。
 僅かに震えた頭から、汗が一滴垂れ落ちる。
 暗がりの路地裏であるため確認し難いものの、街頭に照らされたそれは、紛れもない赤い鮮血であった。



 突然出現した血痕にアスレイは動揺を隠せず、その顔はみるみる蒼白していく。
 そんな彼を後目にネールは、その場に駆けつくなりしゃがみ込んだ。
 彼女は恐ろしいほど冷静であり、全力疾走による疲労の色さえ微塵も表れていない。
 地面を覗き込む彼女は、静かにそれへと触れる。拭いとったそれは彼女の指に付着する。


2020/01/07(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~200 今日の気分次回更新は21日(火)予定です






 走る最中、レンナは隣に並ぶネールを一瞥し、その顔を顰める。
 確かに彼女は魔道士としてかなりの実力者のようで、そんな彼女が同行するならば、心強い味方になるだろうとレンナは思う。
 が同時に、このタイミングの良い登場は偶然だとしても出来過ぎではないかと、不信を抱いていた。
 するとそんな彼女の視線に気付いたのか、おもむろにネールが口を開く。

「私はそこまで考えて動いてはいない。君たちと遭遇したのはあくまで偶然だ――だが君の方こそ、果たして本当に偶然か…」

 そう言ってレンナに向ける眼差しは、挑発的とも冷酷とも取れるような気迫を感じた。
 思わずレンナは言葉を失い、静かに息を呑む。
 と、レンナの心情も後目にネールはアスレイの後を追いかけるべく、さっさと暗闇の道へと消えていく。
 一人取り残されたレンナは、力強く握った拳をもう片手で握り締めながら言った。

「そ、それって…どういう意味よ…」

 しかし、ネールの応えが返って来ることはなかった。








2020/01/07(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~199



 アスレイの気持ちは変わらない。
 そもそも、先に駆けて行ったカズマを見捨て、自分はこのまま残る等という考えは毛頭なかった。
 意思を変えようとしないアスレイに対し、視線を外し決めあぐねるレンナ。
 しかし、此処でこうしていても彼はきっと悲鳴の声主を探して走り出してしまうはずだ。
 そう頭の中で結論付け、レンナは人知れず諦めのため息を洩らした。
 そのとき。

「ならば私も君たちに同行しよう。多少の戦力にはなるはずだ」

 その声はアスレイたちの背後から聞こえてきた。



 二人が驚きながら振り返ったそこには、アスレイの想像していた通りの人物が立っていた。

「偶々私用で通りがかったんだが…あの悲鳴は只事ではないだろう。助けに行くならば早く向かった方が良い」
「な、なんでネールまで…」

 暗がりから姿を現した女性――ネールは毅然とした態度で二人を見やり、それから視線を遠くへと移す。
 彼女が何故こんな場所にいたのか。そんな疑問も抱いたが、今それについて詮索するのは野暮だろうと、アスレイは思考を止める。
 それにネールの言う通り、こうして悠長に会話している暇などなかった。
 ネールの見つめているその先が悲鳴のあった方なのだろうと察したアスレイは、誰かが口を開くよりも早く駆け出した。

「あ、アスレイ!」

 慌てて彼に続くレンナ。そしてネール。


2020/01/07(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~198




「それで、此処を見回ってたとき、突然悲鳴が聞こえてきたからビックリして駆けてきたってわけよ」

 その台詞から、どうやら彼女が悲鳴の主ではないと知り、アスレイは内心安堵する。
 しかしだからといって此処で呑気に座り込んでいる暇はない。
 レンナの差し出していた手を掴み立ち上がると、アスレイは即座に周囲を見渡した。

「レンナ、悲鳴ってどの辺から聞こえてきたかわかる?」
「え…そこに行くつもりなの?」

 力強くアサは頷く。
 が、その答えにレンナの表情は浮かない。

「やめときなって」

 予想外の言葉にアサは目を見開き、彼女を見つめる。

「え…?」
「だって、アンタが行っても役に立ちそうにないし」
「それはレンナだって同じかもしれないだろ?」

 アスレイがそう言うとレンナは不満そうに眉を顰めながら「あたしは魔道士だから大丈夫なの!」と答える。

「アスレイはちょっと強いかもしれないけど魔道士じゃないし、何かあったらどうするの?」

 悲鳴のした場所にどんな危険性があるかわからない。だからそこへ連れて行きたくないんだと、訴えているようなレンナの双眸。
 そんな彼女の思いやりが痛いほど伝わって来て、心優しい彼女に心配かけては申し訳ないとアスレイの気持ちも揺らぐ。
 だが―――。

「それでも、悲鳴を聞いたからには行かなくちゃ」



2020/01/07(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~197



 それは最早アスレイでは追う事も難しく、彼はあっという間に暗闇の向こうへと消え去ってしまった。

「ま、待って…カズマ…!」

 アスレイの呼び声に返ってくる言葉はなく。
 必死に追いかけていたアスレイであったが、その姿を見つける事が出来ず、入り組んだ道の先――Y字路にぶつかったところで完全にカズマの姿を見失ってしまった。




「どっちに行ったんだ…?」

 右か、左か。
 迷っている時間さえ惜しい状況であり、アスレイは直感に任せて左へと駆け出していく。
 そこは緩やかな勾配の上り坂が延々と続いていた。
 所々で街灯が照っているだけまだマシかと、アスレイはその道を走り続ける。
 と、そのときだ。

「あっぶないっ!!」

 前方から聞こえてきた声。
 直後、アスレイは何かに体を弾かれ、尻餅をついた。

「いっつつ…」

 転んだ事で打った腰を摩っていると、直ぐ様、ぶつかって来た相手が彼に向けて左手を差し伸べてきた。
 誰とぶつかったんだと顔を見上げると、そこには――。

「レンナッ!?」

 意外な人物がそこにいた。







「どうしてレンナが此処に…?」

 突然現れたレンナに驚くアスレイ。
 一方で彼女は咳払いを一つ漏らし、それから照れ臭そうな口振りで答える。

「アンタみたいに…ちょっと夜道を見回ってたのよ…」
「見回っていたって…一人でこんな薄暗い小道は危険だよ!」
「良いでしょ、いざとなれば返り討ちにする自信はあるし」

 開き直っている様子の彼女にアスレイも呆れた吐息を零さずにはいられない。


2020/01/07(火) 語り手
タイトル 黄昏の魔女と深緑の魔槍士~196










「何だと…」

 その女性と思われる悲鳴はアスレイたちの真横に口開く裏道の向こうから聞こえてきた。
 街頭もないだろう暗闇の道からの叫び声。
 カズマはあり得ないと言った様子で青ざめた顔をその方へと向けている。

「誰かが襲われたんだ、カズマ!」

 と、アスレイが呼びかけるよりも先に、気が付くとカズマは裏道の奥へと走って行ってしまった。

「え、ちょ、ちょっと!」

 彼の行動の速さに驚きを隠せないまま、アスレイも慌てて彼の後を追いかける。
 しかし、必死に追いかけるが見た目からは想像付かない程、意外にもカズマの足は速く。
 彼の背を見失わないよう、目で追うのがやっとの状態であった。
 既に息を切らしている状態のアスレイ。
 すると、その前方を走っているカズマから声が聞こえてきた。

「やっぱり俺は間違ってたのか……これは俺が追い込んでしまった結果なのか…?」

 言葉の意味は残念ながらアスレイには理解出来ない。
 そのため独り言のようにも思えたが、不意にカズマはアスレイへと話しを振った。

「――そうだ、そうだな…お前には……話すべきなんだろうな」
「カズマ…?」

 走りながらであるため途切れ途切れであるが、しっかりと、カズマの決意ある声がアスレイの耳に届く。
 若干乱れていた息を呑み込み、カズマは肩を揺らしながら続けて言った。

「後で、聞いてくれないか…俺の過ちと、隠していた事実を……」

 その直後、カズマは更に加速して走っていく。



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