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交換日記レンタル - nikkijam

2019/07/25(木) 23:09:12
タイトル 雨の中の涙のように


ブレードランナーは、1982年制作の近未来SFで、映画設定上の時代は2019年だった。
強靱な生命力の代わりに短命なレプリカント、ロイ・バッティが(劇中)亡くなるのは、2019年の出来事だった。
ロイ・バッティの正確な寿命は分からないが10年は生きなかった設定だったような気がする。

ルトガー・ハウアーは75歳。今の時代には長寿とは言えない気もするが、高齢であることは間違いない。
故郷オランダの自宅で、彼が息を引き取ったのも2019年。
運命などは全く信じていないけれども、時代が彼に追いついたのだと思うことにする。

時が彼を連れ去る。

2019/07/25(木) 10:48:33
タイトル メモ


傑作SF映画『ブレードランナー』(1982)でレプリカントのロイ・バッティ役を演じた俳優ルトガー・ハウアーが、2019年7月19日(金曜日・現地時間)に逝去していたことがわかった。75歳だった。

ルトガー氏は1944年1月23日、オランダ生まれ。報道によれば、最期は出身国であるオランダにて迎えており、葬儀は7月24日(現地時間)に執り行われたとのこと。なお米Variety、英BBCは、ルトガー氏の闘病期間は短いものだったと伝えている。

両親が演劇学校の教師だったルトガー氏は、演劇から俳優としてのキャリアをスタートさせ、1969年に英国のドラマ「Floris(原題)」に抜擢。
ポール・バーホーベン監督『危険な愛』(1973)
の同監督の『娼婦ケティ』(1976)『女王陛下の戦士』(1977)
シルベスター・スタローン主演『ナイトホークス』(1981)でハリウッド
『ブレードランナー』(1982)でレプリカントのロイ・バッティ役を演じた。このキャラクターは、SF映画におけるアイコンの一人として現在も世界中で愛されている。

『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』(1997)
『コンフェッション』(2002)
『バットマン ビギンズ』(2005)
『シン・シティ』(2005)
『ホーボー・ウィズ・ショットガン』(2011)主演
2017年『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』『リミット・オブ・アサシン』出演

今年2019年は出世作『ブレードランナー』の物語の舞台となった時代。
これを記念して、日本では『ブレードランナー ファイナル・カット』(2007)が全国のIMAXシアターで国内初上映されることも決定していた。

2019/07/25(木) 10:16:36
タイトル ルトガー氏


ルトガー氏が亡くなった。

間違いなく、

雨の中の涙のように、

悲しい。

「おまえたち人間には信じられないようなものを私は見てきた。オリオン座の近くで燃える宇宙戦艦。タンホイザー・ゲートの近くで暗闇に瞬くCビーム、そんな思い出も時間と共にやがて消える。雨の中の涙のように。死ぬ時が来た。」
(原文:I’ve seen things you people wouldn’t believe. Attack ships on fire off the shoulder of Orion. I watched C-beams glitter in the dark near the Tannhäuser Gate. All those moments will be lost in time, like tears in rain. Time to die.)

2019/07/13(土) 19:13:24
タイトル アレキサンダー大王


アレクサンダー大王好きなんですけど
・地中海の小国(マケドニア)の王子に生まれ
・小柄な体で金髪オッドアイ(茶と青)
(それにまつわる伝承が「一眼は夜の暗闇を、一眼は空の青を抱く」)
・師匠はアリストテレス
・20歳で即位、32歳(死亡)までに当時の世界征服をほぼ成し遂げる
・乗馬の達人、戦術の天才
・部下は隻眼将軍:アンティゴノス、救済王:プトレマイオスなど
・遺言は「最強の者が帝国を継承せよ」お陰で大混戦
・ゴルディオンの結び目はお前のせい
みたいな設定盛りすぎなところが好き。
いなみにイスラム名はイスカンダルだよ!

2019/06/25(火) 21:45:49
タイトル これほどまでに


これほどまでに許されてもいいのか身構える

何にも身構える

傷つける気もないのに研がれた刃に身構える

暖かさに身構える

むかし

優しさにも傷つく

と言った彼女を思い出し

それでも愛さずにはいられない脆さに身構える

なぜ私は岩のようなのか

なぜ彼らは薄羽蜉蝣のようなのか

2019/06/10(月) 23:55:30
タイトル 神風と悪党の世紀


神風と悪党の世紀

海津一朗

講談社現代新書 1995
ISBN:4061492438


 13世紀と14世紀の日本には、こうした神を味方につけて天変地異に乗じようとする動きが際立っている。
 とくに1310年の紅梅殿事件で見せた北野社による理不尽な暴挙や、祇園社の居住者追放事件などに始まった一連の騒動は、いささか異常であった。何が異常かというと、国内のちょっとした敵対者たちを異国人同様の「悪党」とみなし、これを寺社権力が徹底して差別するようになったのである。これを一言でいえば「在地人の既得権侵害と悪党弾圧のムーブメント」ということになるのだが、そこに、数百年にわたって沈静していた神話的な力がにわかに復活し、そうしたムーブメントが“神の戦争”と解釈されたこと、そのことが異常だった。
 結局、蒙古襲来をきっかけに、“神の戦争”を名目とし、殺生禁断を建前とする寺社領域の拡張と寺社造営とが全国的に広まったため、山野河海をネットワークしながら生活の場としてきた民衆やそのリーダーたちが苦境に立たされたのである。悪党とはそうした苦境に立たされたリーダーのことでもあった。本書は、そうした風潮が「神国日本」のイデオロギーをつくりあげたのではないかと主張する。

2019/06/09(日) 00:29:10
タイトル カメラ・オブスクラ年代記 今日の気分引用


カメラ・オブスクラ年代記

ジョン・ハモンド

カメラ・オブスクラとラテルナ・マギカの、二つの光学装置にぞっこんだった。ラテルナ・マギカとは幻燈器のことをいう。

カメラとはラテン語で「部屋」という意味である。オブスクラは「暗い」という意味だった。暗い部屋、それがピンホールによって影像を映し出したカメラ・オブスクラというマジック・ボックスの意味である。まさしくカメラの曾祖父にあたる。

2019/06/06(木) 22:34:16
タイトル オルレアンの少女


 ジャンヌ・ダルクにまつわる出来事からは、いくらでも議論を掴み出すことがてきる。だいたいフランスには「この国は一人の女によって滅び、一人の女によって救われる」という諺があるのだが、この国を滅ぼした女は王妃イザボーで、国を救った女がジャンヌ・ダルクなのである。この二人がどのようにオルレアンをめぐったかということが、まさにジャンヌ・ダルクの時代の象徴的な対比になっている。
 火刑になったジャンヌ・ダルクからキリスト教の異端の歴史や魔女裁判の背景を引き出すこともできる。また、ジャンヌ・ダルクが受けた神の啓示に注目すれば、ビンゲンの修道女ヒルデガルトに始まる幻視(ヴィジョン)の歴史を繙くこともできる。あるいは「神と処女」というヨーロッパにひそむ問題に焦点をあてることも可能であった。
 そもそもジャンヌ・ダルクという名は当時の名ではなくジャネットという愛称か、ジャンヌ・ラ・ピュセルと呼ばれていたのだが、この「ピュセル」は処女とか乙女とか生娘いう意味なのだ。ジャンヌ・ダルクとは「生娘ジャンヌ」という呼称だったのだ。
 これらの視点のいずれも、すでに研究者たちが熱中して議論してきたことである。

2019/06/05(水) 16:46:11
タイトル マルクハーン 今日の気分引用


グーテンベルクの銀河系

 ついで、この声の認識を文字や記号に移す時代がやってくる。ロゴグラムである。
 古代ギリシアや古代ローマでは、ロゴグラムはただちにアルファベットに進化し、この文字は一連の表音文字となる(アジア世界はマクルーハンのばあいは無視されている)。表音文字によって対象世界は目で確認できるシンタックスをもった。
 それでも、その文字は声を出して読まれ、対象世界は聴覚的回路を通して原初の触知的世界像にむすびついていた。すなわち、古代ではあらゆる文字は「音読」されていたのである。
 文字を音読しているかぎりは、触知的世界像と聴覚的世界像と文字的世界像はまだまだ同質的(connatural)だった。
 ここまでもいい。(略)
 こんな画期的なツールはなかった。そこは表意文字とは大ちがいである。
 ただし、この画期的なツールが「音読」されているかぎり、音がすべてをつなげているかぎり、なのである。すなわち、スペルが声であり、スペルが聴覚的世界像とつながっているかぎりは、よかった。
 実際にも、長いあいだ、人々は本を声を出して読んでいた。中世においてもだれも「黙読」はできなかったのであり、写本にあたってもいちいちスペルを声にしながら書き移された。
 だからこそ、中世文化は朗読法と吟遊詩人と口述世界によって形成されていた。
 しかし、こうしたこのとのすべてが、活版印刷の出現によって解体されていく。そして、問題が大きくなるのはここから先なのだ。

 マクルーハンは、印刷文化が人間の経験を解体し、知性と感性を分断したと見た。

2019/06/05(水) 09:45:19
タイトル 鎌田 東二 今日の気分引用


  1. 神は在るもの、仏は成るもの。
  2. 神は来るもの、仏は往くもの。
  3. 神は立つもの、仏は座るもの。


そして神は去る。